第37回 「連載3年を振り返る」

 

前回の2018年の振り返りが好評だったので、今回も、過去3年間の本連載で紹介した事例がその後どんな経緯をたどったのか、を振り返っていきたいと思います。

第6回「勝者の呪い」に登場したエアバッグ製造大手のタカタは、17年6月に東京地裁に民事再生法の適用を申請するとともに、米国のキー・セーフティ・システムズ社と事業譲渡に関する基本合意を締結しました。同11月の最終合意を経て、翌18年4月に同社への事業譲渡を完了。本社をミシガン州に置く「ジョイソン・セイフティ・システムズ」として再スタートを切りました。
 
 タカタの負債総額は1.5兆円強と製造業では戦後最大の破たん劇となったわけですが、結果として、745社の取引先で連鎖倒産した企業は1件もなかったようです。政府や政府系金融機関が、「セーフティネット」を発動・実施したこともありますが、主要取引先については、事業譲渡対価で全額弁済が図られ、新会社によって従来の取引関係・生産水準が維持されたことも大きかったようです。これはまさにM&A(企業合併・買収)の効用ですね。

 第18回「TOB(株式公開買い付け)合戦のいきさつ」でご紹介した、電子部品商社ソレキア(9867・JQ)の買収合戦で、ホワイトナイトとして登場した富士通(6702)を打ち破って敵対的買収に成功したフリージア・マクロス(6343・2部)は、新たな動きを見せました。

 建設コンサルタント業の協和コンサルタンツ(9647・JQ)が昨年8月に、筆頭株主が、フリージアに代わったことをリリースしました。出来高を伴った株価急伸を伴い、フリージアの所有割合は約30%まで増加しているもようです。従来の筆頭株主は売却しており、ソレキアにおける富士通のようなホワイトナイトはいない中、両者の水面下の交渉は始まっているのでしょうか。

 二の矢を継ぐ、というところでしょうが、ソレキアの方は、新体制となって1年4カ月が経過しましたが、グループ力を生かす、といった目立った動きは発表されておらず、19年3月期も微増収減益の予想となっています。
 

 

 第21回「選択と集中のきっかけ」では、17年の8月にLIXILグループ(5938)において、「プロ経営者」として招聘(しょうへい)された瀬戸社長(当時)が、6年前に創業家の主導で買収したイタリアの建材子会社の株式を中国企業に売却する契約締結を発表したことが、前任「プロ経営者」の拡大路線を転換する象徴と言われている話を紹介しました。

 ところが、この売却は実現しませんでした。LIXILは昨年10月、「連結子会社の異動の進捗(しんちょく)状況に関するお知らせ」というリリースにて、この売却について対米外国投資委員会の承認が得られなかったことを、翌11月に「連結子会社の異動の合意解除に関するお知らせ」というリリースにて、契約を解除する決議を行い、契約が失効したことを、それぞれ発表しました。

 しかしながら、この二つのリリースの「代表者名」は、前者は瀬戸社長、後者は潮田会長なのです。そう、この間に、瀬戸社長の退任が発表されました。16年6月に社長兼CEO(最高経営責任者)に就任してから2年余り。退任の理由は、記者会見の内容以外に巷間(こうかん)いろいろ言われているようですが、それは本連載の本旨ではなくほかに譲るとして、このM&Aのブレイクは皮肉なタイミングと言えます。

 先月21日、LIXIL株式が一時売買停止となりました。「MBO(経営陣の参加する企業買収)・本社移転・シンガポール上場という一連の計画」に関する一部報道への否定が会社からは行われています。今年を振り返るときには何かが起こっているでしょうか。

 

 

 


第36回 「2018年を振り返る」

 

あけましておめでとうございます。早いもので、本連載も開始から丸3年となりました。35回の内容で、ほぼ全体像を把握できるようになってきたので、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座でも、連載をまとめたものを副読本として活用してもらっています。

 

 

 

 前回ご紹介したRIZAPグループ(2928・札ア)のM&A戦略の興亡に興味を持った受講生から、本連載で他に紹介された個別企業のM&A事例はその後どういう経緯をたどったのか、という質問もありましたので、今回はそれらの動きを中心に、2018年を振り返っていきたいと思います。

第9回でご紹介した、2016年当時、過去最大のM&A案件として、3.3兆円でソフトバンクグループ(9984)に買収された英半導体設計大手アームホールディングスには、昨年二つの大きな動きがありました。「買収後、大幅な損失を計上してでも規模と人員を急拡大する動きが加速している」と一部メディアで指摘されていましたが、6月には英国のIOTサービス関連企業Stream Technologies社を、8月には米国に本拠を置き、日本人も創業メンバーに加わっているIOTプラットフォーム提供のTreasure Data社を相次いで買収しました。

 一方で、中国子会社について、その持分の過半数を複数の機関投資家や顧客に売却することで、結果として、現地合弁企業化された持分法適用会社とし、売却益を計上することを6月にソフトバンクグループは発表しています。この直後の定時株主総会で孫社長はアーム社の再上場を示唆したようですが、これは結果的には伏線であったといえるかもしれません。

 この案件を大きく更新して日本企業過去最大の6.8兆円(発表時、最終的に6.2兆円)を投じる武田薬品工業(4502)によるアイルランド製薬大手シャイアー社の買収検討が昨年4月に発表され(第28回ご紹介)、その合意内容が5月に発表されました。発表以降、本件の費用対効果の妥当性や買収資金の調達に伴う財務体質の悪化が懸念され株価低迷が続きましたが、手続きとして必要な12月の臨時株主総会で承認され、今月7日の武田薬品工業の約7.7億株の株式の発行を経て、8日にシャイアー社の株式100%を取得する手続きが完了しました。

 連日乱高下する東京株式市場の影響もあるかもしれませんが、株式の希薄化具合が確定し、直近の円高の進行もあり円建ての買収額が安くなったことで直近の株価は急伸後堅調です。創業家元会長の反対意見表明による混乱も相俟って、承認前後に見舞われた大幅な下落を本格的に取り戻せるかは、これからというところになりますね。

 創業家の関与で一時的に行方が見えなくなった案件といえば、第7回でコメントした出光興産(5019)と昭和シェル石油(5002)の経営統合が挙げられます。2015年7月の協議開始以来3年以上に亘り紆余曲折がありましたが、先月18日に両社の臨時株主総会で本年4月からの経営統合と新会社の経営体制について承認を得ました。こちらの方も、全体相場が低迷する中、株価は冴えませんが、早期のシナジー効果発現によって、新会社が掲げた、3年間で純利益の合計を5000億円以上にする、という目標の達成を目指すこととなります。

 東芝(6502・2部)による東芝メモリ売却も完了するなど、長期化していたり、その実現が懸念されていたりした案件が成就する一年ではありましたが、一方、昨年1月に発表された富士フイルムホールディングス(4901)による米国ゼロックスの買収は、膠着状態に陥っており、クロスボーダー大型M&Aの難しさを感じさせるところとなりました。

 

 

 


第35回 「壊れたおもちゃ」が輝きを取り戻すために

 RIZAPグループ(2928・札幌ア)の株価が先月15日から2営業日連続ストップ安となりました。14日取引終了後発表の連結業績予想が大幅に下方修正され、無配に転落したことが嫌気されたものでした。しかも下方修正の理由が、買収した企業の業績が芳しくないことに留まらず、未確定の買収企業の「負ののれん」を利益予想に織り込んでいたところ、M&Aを凍結する経営判断をしたので、それらが実現しないことが確定したから、というあまり聞いたことのない理由に、市場が厳しい評価を下した、ということのようです。

 RIZAPについては、本コラム第19回(昨年84日付)「和製アマゾン?」で、私なりの感覚をお伝えしました。掲載後、「譲受の豊富な実績を持つRIZAPを批判するような内容を掲載するとは、M&Aアドバイザーとして商売感覚がないね」とか、「三谷さんが依頼を受けている譲渡案件を、RIZAPに買収可能性を打診したいが、そういう拘りを持つ以上無理ですよね。(はい、すいません。拘りは関係なく、その譲渡案件においては、シナジーが全く期待できないと思います。)」と提携している同業者から言われたりしてきました。私としては、テレビでお話した内容を簡単にまとめただけだったのですが、結果として、最近発行されている経済誌等での論評に近い内容になっていました。

 ここでは、少し別の切り口から見てみたいと思います。実は、RIZAPは業績予想修正発表前の14日の取引中にも前日比約15%の下げを記録しています。グループの数社が13日の取引終了後に、「業績予想の下方修正」や「特別損失の発生」を発表したことで、ある程度本体の業績不芳を予見されたのでしょうが、これらのことは全く初めてのことではありません。

 私が注目したのは、13日取引終了後の、子会社SDエンタテイメント(4650・JQ)が売上の約半分を占める「GAME・ボウリング・シネマ事業」を、会社分割手法を用いて、地元のファンドに売却する基本合意をした、というリリースです。取得してきた80を超える企業や事業につき、「全てシナジーが生まれ、順調に推移しているから売却することはない」というスタンスが変更された瞬間に、RIZAPのM&Aによるボディメイクの幻想がとけたのではないか、と見ています。

 30日に株式譲渡契約を締結した詳報が出ましたが、残念ながら譲渡価格は非開示でした。いずれにせよ、この会社が有する57億余の有利子負債の大幅な削減にはつながらず、効果は限定的なようです。

 構造改革担当の松本晃代表取締役は、譲受してきた企業の一部を「修繕すべきおもちゃ箱の壊れたおもちゃ」だと例えました。その言葉を私は残念に思いました。取得された対象事業はそれぞれに人材や販路、ブランドなどの経営資源を有しています。

 「負ののれん」やそれが生み出す会計上の利益に目がくらみ、シナジーや経営ノウハウが乏しいままに、結果的に本来の企業価値より高値で買収したことが問題なのであり、本当の意味でシナジーある譲受先とのM&Aが成立すれば、少なからぬ企業が輝きを取り戻す可能性はあります。

 おそらく、その際の取引価格はシビアなものとなるでしょうから、RIZAPがその売却に伴い甘受しなければならない損失に耐えられるのか、「自ら修繕する」という名の下に問題先送りするのではないか、という問題は残ります。報じられているように「本業は順調」なのであれば、M&Aアドバイザーの活躍する場面はきっとあります。


第34回  「スモールM&Aブームを考える」

  
8月に、WEBマガジンの経営者インタビューを受けました。インタビュアーは、元阪神タイガースの野球解説者八木裕さんだったのですが、私に興味を持った理由を聞いてみると、「『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』という本をたまたま手にしてM&A(企業合併・買収)に興味を持った。大阪にもM&Aを取り扱う会社がある、と聞いてM&Aのビジネスに関わる人がどんな人か会ってみたくなった。」とのことです。

 「私も買いたい、とご相談すればご紹介いただけますか」とおっしゃる八木さんに「経営者の代打、いいですね。八木さんだったら神様ですから安心して紹介できますね」という私の冗談はさておき、今、八木さんが読まれた本に書かれているような「スモールM&A」という言葉がはやっています。最近、私が講師を務めるセミナーでは、必ずと言って良いくらい、質疑応答でこのテーマで質問されます。
 
 先日も、弊社のホームページにお問い合わせいただいたお客さまAさんがご来社されました。Aさんは、大企業に勤められていた経験を生かして、昨年広告代理店を起業されました。並行して、食品のネット販売も始められて順調に業績を伸ばしておられます。Aさんとしては、仕事を獲得しアウトラインを描くことは得意なので、これ以上の業容の拡大には、制作業務などで実働する2、3名の部隊が不可欠だが、これをM&Aで取得することはできないだろうか、というものです。
そのきっかけは、阪神間にある名所の近くの著名な食品小売店舗1店舗の株式譲渡案件の情報を得て検討したことだったそうです。結果的には、ネット販売との相乗効果が見えず見送ったとのことですが、いわゆる「スモールM&A」の存在に気付き、私のところに問い合わせてこられた、という次第です。
私からは、次のように答えました。「企業を譲り受ける側は、従来からの事業状況が継続されることを当然に期待しますし、それに対価を払います。広告代理店に限らず、『ヒト』が経営資源の多くを占めるサービス業では、譲り受けた後、離散してしまえば、その意味がなくなります。従業員は、経営者との信頼に基づいた雇用関係にあることが多いので、M&Aをきっかけに、辞めてしまうリスクが十分あります。従業員が一定人数いらっしゃれば、いわゆる『キーマン』がおられ、その方に、新しい体制の目指すものを理解いただき、チームを動機付けしてもらうなど、その対策を打つことが可能です。

 店舗についても、それらが賃借物件である場合には、その継続が保証されるとは限りません。複数店舗、あるいはその『ブランド』を取得することを目的としていれば、そのうちの1店舗が失われてもダメージは限定的です。従って、『スモールM&A』は、Aさんが勤務されてきた大企業が行っているM&Aよりも、リスク耐性が求められる話だと理解してください。」と。

 「それでは、起業したばかりの私は、M&Aを考えないほうがいいですね」と結論付けようとするAさんに私は申しました。「事業の譲渡を検討する経営者にとっては、その対価のみならず、『どのような人が』『何のために譲り受け』『どのように発展させてくれるか』イメージできることが重要であり、相手方に、Aさんのビジネスプランをきちんと理解していただく機会が得られれば、本を読んで唆されたサラリーマンの方々より可能性は高いので、情報をたくさん集めてみてください。そこから、じっくり進めていきましょう。」

 「経営者インタビュー」につきましては、「B-plus 三谷」と検索いただければ、ご覧いただけます。

 

 


第33回 「M&Aアドバイザリービジネスへの参入者」

  

前回に続いて、日本国内のM&A(企業合併・買収)アドバイザリービジネス(以下「M&Aビジネス」)をリサーチする外国の投資家とのテレカンファレンスを受けたお話。続いての質問は、「M&Aビジネスが拡大しているならば、そこに注目して参入者が増えると考えるが、その点についてどう思うか」というものです。

 

 

参入者を考えるに当たって、あらためて日本のM&Aビジネスのプレーヤーの変遷を振り返ってみましょう。M&Aビジネスは1980年代前半、「投資銀行」という考え方が日本の金融業界に持ち込まれてきた時からスタートします。それまでのM&Aのほとんどの担い手は国策として行う「通産省」「大蔵省」や、グループの融資先に責任を持つ「メインバンク」であったため、ビジネスと言えるものではありませんでした。

 

 

現在のようにM&Aが経営戦略として一般的でなかった時代、一部の都市銀行や大手証券は、バブル経済を背景にしたジャパンマネーの力で海外の企業を買収する日本企業の水先案内人となり、M&Aビジネスを形にしていきます。バブル崩壊やそれに続く金融危機において、破綻(はたん)企業の再生プロセスを取り込む形で、金融機関自らが経営統合や破綻に巻き込まれる中、そこにいながら、あるいはそこから独立した金融マンが「M&Aビジネスのプロ」をもって任じていたわけです。

 

 

2008年にリーマン・ショックが起こります。好況時には買収ニーズが高まり、不況時には売却ニーズが高まるM&Aビジネスは、好不況に中立なビジネスと思われていましたが、多くの事業会社の業績の激変で、価値の算定合意が困難となり、取引がペンディングとなる事例が多発し、従来型のM&Aビジネスには大きな逆風が吹きました。そんな中、その数年前から認識され始めた「事業承継問題」において、M&Aがこの問題を解決する有力なツールであることにいち早く気付いたいくつかの独立系M&A仲介業者が、事業承継問題が顕在化している、あるいは、潜在的に有している企業オーナーに、組織力やマーケティング力でアプローチする手法を確立し、M&Aビジネスの主導権を握ります。

 

 

そうです。前回ご紹介した上場三社はこの典型ですね。その後のWEBマーケティング技術の進化も相まって、まったく同様のビジネスモデルでのさまざまな業界からの参入があります。ついには、事業売却により得た利潤を投下する元企業オーナーも現れました。そろそろマーケットの拡大以上の競争激化、すなわち淘汰(とうた)の時代が到来しているのかもしれません。

 

 

そんな中、昨年あたりから、新しい参入者が現れました。それは、複数の人材関連企業です。自らがM&Aビジネスを行う、というより、事業譲受を希望する企業の情報を集めたサイトを作り、譲渡を希望するオーナーの情報を持つM&Aアドバイザーに活用してもらい、譲受を実現させた企業から利用料を受け取る、というのが今の基本的な姿です。事業開始前にヒアリングを受け、専門家として私見を述べさせていただいたことを参考にされたかどうか分かりませんが、結果として、譲受企業の発掘に専念されています。

 

 

譲渡対象案件が増加し、企業の戦略が多様化する中、従来の常識にとらわれない譲受候補企業の真のニーズをつかむ事は、適切なM&Aマッチングを増加させる重要なことです。緒についたばかりで、情報量も少なく、まだ私も活用に至っておりませんが、経営の最重要課題を解決する人材関連企業であるが故に可能な取り組みが本格化していくことは、M&Aビジネスの拡大につながるものだといえましょう。

 


第32回 「海外投資家とのテレカンファレンス」

 

 前回の連載では、他社のM&A(企業合併・買収)アドバイザーにアドバイスをしたお話を紹介しましたが、このように、私のもとにはさまざまなご依頼がやってまいります。今回もそのようなご依頼のひとつをご紹介しましょう。

 

 外資系の会社が多いのですが、「その道のプロ」と「そのプロの知見を借りたい投資家や事業会社」をつなぐことを業とされている紹介会社があります。私の会社のホームページをご覧になられた紹介会社から、日本国内のM&Aアドバイザリービジネス(以下「M&Aビジネス」)の短期的もしくは中長期的な方向性を知りたいという外国の投資家とのテレカンファレンスに応じて欲しい、というご依頼が7月中旬にありました。

 

あくまでも、その業界のプレーヤーとして私見を述べる、ということで先方の目的が達せられることを確認した上で、私の立場からすると、投資家はM&Aビジネスについてどういう点に興味があるのか、どのように考えているのか、を知るチャンスとも考え、お受けすることにしました。

 

実際にテレカンファレンスが行われたのは、8月2日でした。ちょうど、M&Aキャピタルパートナーズ(6080)が7月27日に、日本M&Aセンター(2127)が7月30日に、それぞれ発表した四半期決算は、上場以来ほぼ見受けられなかった減収減益だったものですから、両社の株は連日大幅安を付けている最中です。

 

最初の質問は、M&Aビジネスは継続的に拡大していく、という認識に変わりはないか、というものです。本連載でも再三お伝えしているように、少子高齢化等(継ぐ人がいない)や職業意識(継がない)、事業環境の変化(継げない)に伴う後継者問題を解決する手段として、事業承継型のM&Aの件数が増加する流れに変化を与える要素は何もない、と答えました。加えて、新しい動きとして、スタートアップ企業が大企業の傘下に入る、すなわち、若手起業家を中心に、ビジネスモデルを創出し、それを可視化できる程度に成長させ、バトンタッチのタイミングでキャピタルゲインを得る、というディールが急速に増えていることを説明しました。
 
 次の質問は、では何故、両者は減収減益に陥ってしまったのか、6月28日に発表されたストライク(6196)の四半期決算は増収増益なのに、この三者の戦略や成長性に差はあるのか、というものでした。前々回の本連載で指摘したように、調剤薬局のM&Aが大きな踊り場に差し掛かっている中、昨年一昨年と調剤薬局案件を多数こなし、その収益依存度が大きい場合には影響がある、と言わざるを得ません。振り返れば、M&Aビジネスは、規制緩和前のタクシー業界や酒類免許を有するコンビニエンスストア、寡占化が進む前の自動販売機オペレーターなど、その時々に高額の営業権が認められた業界に群がったり、強引とも言えるM&A戦略を繰り広げ破綻に陥った大手流通業や食品製造業、IT企業から収益を上げたりしてきたケースも枚挙にいとまがありません。

 三者は、その取り扱う案件数、幅を拡げており、私の昔話が当たるかどうか分かりませんが、ストライク(9月5日時点で年初来高値比19.6%下落)、M&Aキャピタルパートナーズ(同39.3%)、日本M&Aセンター(同24.3%)の株価を見る限り、市場はその懸念を持ち続けているのかもしれません。


投資家からの質問はまだ続きます。M&Aビジネスが拡大しているならば、そこに注目して参入者が増えると考えるが、その点についてどう思うか、というものです。この話、次回に続けます。

 


第31回 「M&Aアドバイザーからのお悩み相談」

  

  前3回(第28回第29回第30回)「アーンアウト」(その対価の支払いの一部をあらかじめ合意した条件にて算定し支払う合意の上で行うM&A=企業合併・買収)のお話が続いたので、今回は趣向を変えたお話をしましょう。

 

 私が代表を務めるジャパンM&Aアドバイザーは、M&Aアドバイザリー業務を行っています。業務を通じて関与させていただく方は、大きく2種類に分けられます。すなわち、当社に業務を依頼されるクライアントと、別の機関に業務を依頼されて、当社クライアントの取引の相手となる方です。


 取引の相手となる方が依頼する別の機関とは、銀行、証券会社やM&Aアドバイザリー専業会社などです。ディールの過程では、当社クライアントの利益の最大化のみに努め、これら機関の方々とは厳しい交渉をすることとなりますが、そもそもディールがスタートするためには信頼関係に基づく情報交換が必要です。そのため複数の機関と提携関係を構築していますが、その中で、業務を通じてより親密となったりした機関からは、私の四半世紀の知識とノウハウを活用したいということで、その機関が開催する外部セミナーはもちろんのこと、若手アドバイザーに向けた社内勉強会の講師を引き受けることが少なからずあります。彼らと話すことで初心に帰れるので、私も貴重な機会ととらえています。

 

 A銀行の甲さんは、アドバイザー歴6年。その組織では中核メンバーです。包括的な秘密保持契約を締結しているので、譲受の探索を依頼すべく、当社がオーナーから譲渡の依頼を受けている対象企業X社のご紹介をしました。X社は事業領域が特殊で、直近の業績が芳しくないため、深い理解を求める必要があると判断し、当社として説明資料を相当作り込んでいます。それをご覧になった甲さんは、「私もこういう丁寧な仕事の進め方を心がけてきたのですが、昨年あたりから、収益目標のハードルが上がり、一つ一つの事案に深く入り込む暇があったら、とにかく活動量を増やし、収益機会の見えやすい案件を追え、と言われていて、これでいいのか悩んでいます」と。

 

B銀行の乙さんは、アドバイザー1年生。支店の担当者から紹介を受け、譲渡を検討しているオーナーを訪問したところ、「譲受候補リストを出して欲しい。それを見て依頼するかどうかを考える」と宿題をもらい、自行の取引先を中心に、親和性と実現可能性をチームで熟慮検討のうえ提出したところ、オーナーからは「あるM&A専業会社は、全国の上場企業を中心にリストアップしてくれている。君の銀行は地域密着だし、君はまだ若いからネットワークもないようだ。まずは、そこに依頼することにするよ」と言われてしまったそうです。私から「そういう時はね…」と説明しようとしたところ、乙さんに遮られ「三谷社長の連載は読んでいるので、第4回や第16回に書いてあった事例だからこう言えばいいのかな、というのは分かっていました。しかし、私がそういったことを申し上げたところで聞く耳を持ってもらえるでしょうか」と。「早く説得力を身に付けたい」と焦る乙さんに、元銀行員の先輩としての経験も踏まえ、組織と上司の活用を薦めました。

 

日本企業がかかわるM&Aは年々増加し、アドバイザリー業界がビジネスとして成長している以上、参入者の増加に伴う競争激化、機関本部からの予算拡大と部門業績達成プレッシャーの増大、と若手アドバイザーを取り巻く環境は厳しいですね。しかし、彼らが健全に成長することがM&A市場の発展に不可欠だと思いますので、私も微力ながらお手伝いしていきます。

 


第30回 「調剤薬局M&Aを取り巻く環境」

      

本連載も、30回の節目を迎えました。ひとえに読者の皆さまのご支援の賜物(たまもの)と感謝申し上げます。この2年半の日本経済を眺めるだけでも、さまざまな変化や動きがあり、それらがある種の常識となっていくわけですが、その常識はさらなる変化や動きで覆されますし、そしてその兆候は常にどこかに現れています。

 

 例えば、インバウンド(訪日外国人)の件数が爆発的に伸びており、これが日本経済の好調を支えていることは皆さまご承知の通りです。そして、その代表的な目的地の一つが京都であることは常識ですね。京都市内にもその需要に応えるべく、宿泊客受け入れ施設が多数建設されていますが、実は、その客単価が今年に入り減少に転じているそうです。民泊の台頭もありますが、観光地としての京都で日中を過ごすものの、宿泊は近隣の温泉などで、という人が増え需給のバランスが崩れてきた、というのがその理由のようです。

 

 M&A(企業合併・買収)の世界でも同じようなことがあります。M&Aの成約件数が着実に増加している中、調剤薬局のM&Aは、仲介した案件の概要を公開している業者の成約件数を合計すると昨年一年間で100件以上となり、専業を掲げる仲介業者が現れるなど活発な状況です。

 

 中でも、「門前薬局」(医療機関の側にある薬局の通称)は、その立地から、競争力が高く、高収益を上げているところが多く、スケールメリットを織り込んでさらなる高収益を期待する同業やドラッグストアによる争奪戦が繰り広げられ、元々の事業価値にプレミアムを乗せた好評価で数多く取引されてきました。

 

ところが、同様のカウントを行ったところ、今年の第1四半期については、その成約件数は昨年同期を下回っています。実際に私も4月に、あるオーナーの譲渡希望情報を入手し、複数の譲受先候補に打診してみましたが、その消極化を肌で感じることとなりました。

 

 要因のうちの一つが、2016年10月の規制緩和による「敷地内薬局」(医療機関の敷地内に開設される薬局の通称。厚生労働省が掲げる、地域に根ざした「かかりつけ薬局」を目指す、という方向性とは真逆ですが、その詳細や是非はここでは割愛します。)の解禁です。

 

 ここに、事業承継問題の解決のために、事業を第三者に譲渡しようという「門前薬局」オーナーがいるとします。オーナーが譲渡交渉を始めた後、医療機関内に「敷地内薬局」という強大なライバルが出現した場合、収益が減少し、事業価値が下がることが見通されます。オーナーにとっては、歓迎できない話ですが、見通しを共有した中で両者が折り合えば、取引は成立し、解決します。

 

 問題は、「敷地内薬局」の誘致が取りざたされている、あるいは、客観情勢として誘致される可能性が高い医療機関の門前薬局の場合です。買い手からすると、未確定であってもその影響を織り込む必要がある。オーナーにとっては、誘致が確定しない以上、事業価値評価が下げられるのは納得できない。「事実の発生」もしくは「事実の発生しないことが確定」すれば埋められるギャップのために交渉が長期化し、また頓挫する状況を回避することはできないのでしょうか。

 

 読者の皆さまはもうお分かりですね。本連載前2回でご紹介した「アーンアウト」その対価の支払いの一部をあらかじめ合意した条件にて算定し支払う合意の上で行うM&A)手法が、両者の着地点を見いだし、事業承継のタイミングを外すことなく取引成立させる可能性を見いだすツールとなることが期待されます。私も必要に応じその活用を模索していきたいと考えています。

 

※「昼エキスプレス」ゲストトークの模様は、動画配信サービスにて、ご覧頂けます。詳しくは、「日経チャンネルマーケッツ」のホームページまで。

 


第29回 「コインチェックのM&Aが拓くもの②」

  

      前回に続き、マネックスグループ(8698)によるコインチェックの完全子会社化に際して活用した、「アーンアウト」、即ち、売り主が所有している対象企業の株式を、買い主が対価を支払って取得する取引に先立ち締結する契約において、「その対価の支払いの一部をあらかじめ合意した条件にて算定し支払う合意」を行う手法の話です。

 

 アメリカでは一般的と言われるこの手法が日本ではほぼ初めてなのはなぜか、を考えていきたいと思います。

 

アーンアウトについて検索してみると、いろいろな解説がなされています。採用されない理由として何人かの著者が指摘しているのが、「売り主は売却時点にすべての対価を得る事を希望し、結果的に分割払いのようになってしまうのを嫌がるから」というものですが、条件設定をうまく行うことができ、買い主が信用のある会社であれば、売り主がこれを厭う理由はなく、これは的を射ていないと思います。強いて言えば、対価の絶対額を成功報酬に反映するM&A(企業合併・買収)アドバイザーが報酬の減少と後々の調整事の発生リスクを回避したがる結果、というところでしょうか。

 

 今回のケースでは、M&A成立後の「当期純利益」を指標としています。「粗利益」でもなく「営業利益」でもない「当期純利益」であれば、もし、買い手が支払額を低下させることに強いインセンティブを有し、送り込んだ経営陣をして、コストコントロールを行うなど最終権限者としての独断専行を実施させるならば、売り手は指をくわえて見ていることしかできません。そしてそれは、「粗利益」や「営業利益」を指標としたとしても、収益の操作を絶対に回避する方法はない、という意味では同様のこととなります。

 

 そういう訳で、アーンアウトを設定するにおいては、それらに対応するための決め事をきめ細かく株式譲渡契約書に盛り込まねばならず、それが、悪意のない買い手による常識的な自由裁量をもって経営するための足枷となる可能性を有することは勿論、その複雑なプロセスで交渉決裂につながってしまいかねない、という懸念もあり、国内M&Aでは、「成立後の事を考えれば、精一杯交渉はするが、複雑化することを回避し、金額を確定させてしまおう」という結論でまとめられてきたのではないでしょうか。

 

 コインチェックのケースでは、その事業継続と発展に不可欠な「役職員のモチベーションの維持」と「改正資金決済法に基づく仮想通貨交換業者への登録」を可能とするマネックスとの取り組みの実現は不可欠ではあるものの、成立後も会社に残りインセンティブが継続する役員株主二人と、成立後には何の権利も有さなくなる投資家的立場の株主が混在していた以上、業績の振れ幅が余りにも大きく、企業価値の確定が困難を極める中、複雑な方程式の解は、これしかなかったのでしょう。

 

 必要に迫られてのアーンアウトですが、世間が注目する取引ということもあって、利用する実益とともにこの手法が認知されたことは間違いありません。M&Aを検討する企業やM&Aアドバイザーが、企業評価などのギャップを埋めきれずに、従来断念されていた取引がこれにより成立するならば、さらなるM&Aの活性化が期待できます。そのためにも、コインチェックが利益を生み、「三方よし」の結果となることが期待されますね。

 

 次回は、アーンアウト手法が活用されるのではないか、と私がにらんでいる業界とその理由についてお話を続けていきます。


第28回 「コインチェックのM&Aか拓くもの①」

       

先月25日、日経CNBCの番組「昼エクスプレス」ゲストトークにお招きいただき、「M&Aの新潮流」と題し、10分あまり視聴者の皆さまに向けてお話させていただきました。まず、当日の二大トピックスとして、東芝(6502・2部)による東芝メモリ売却について中止の観測が出ていることと、武田薬品工業(4502)によるアイルランド製薬大手シャイアー社買収につき、提案条件の大幅引き上げと交渉継続が発表されたことがあり、岡村キャスターの質問にコメントさせていただきながら、ほぼ1年前に放送された日経CNBC「マーケッツのツボ」でお話したように、東芝のこの売却取引に関する混乱は継続し、武田はメガマージャー(巨大合併)の道を加速させていることに思いを巡らせていました。

 

 今回は出演時間が限られていたものですから、キャスターにお願いして、テーマを「マネックスグループ(8698)によるコインチェックの完全子会社化」に絞らせていただきました。ご承知のように、コインチェックは、注目を集め存在感が高まる「仮想通貨」の交換業者です。1月に不正アクセスによる事件が発覚し業務改善命令を受ける一方、その事件で流出したとされる仮想通貨相当分の補償を顧客に行いました。正式な発表は4月6日でしたが、それがスクープされた3日前ぐらいからマネックスの株価は上昇し、放送日の翌日26日に発表されたコインチェックの2018年3月期の決算では、(500億に迫る補償が実行されたことからある程度予想はされていましたが)その高成長率と利益率が明らかとなり、それを囃(はや)してマネックスの株価はさらなる上昇を見せました。

 

 仮想通貨の将来や、マネックスの株価については別の専門家に任せるとして、私がこのテーマを選んだのは、この取引に際し、「アーンアウト」手法が活用されたからです。

 

アーンアウトとは、売り主が所有している対象企業の株式を、買い主が対価を支払って取得する取引に先立ち締結する契約において、「その対価の支払いの一部をあらかじめ合意した条件にて算定し支払う合意」を言います。今回のケースで言いますと、コインチェックの株式の対価は、4月16日に支払われた36億円に「平成31年3月期から平成33年3月期までの各事業年度の税引後当期純利益相当額の50%分から訴訟費用などを差し引いた金額」を加えたものとなる、ということです。

 

 同志社大学大学院「実践M&A」の授業でも、M&A(企業合併・買収)の基礎知識として、このアーンアウトを初年度以来ご紹介してまいりましたが、一昨年にメタップス(6172・東マ)が子会社を通じて韓国企業を買収した際の開示資料が出されて、初めて実際の事例をベースにした説明を行うことができました。正直に申しますと、私がアドバイザーを務めたM&A案件の検討のプロセスで、これに類する提案を行ったことはありますが実現には至っておりません。そういう訳で、M&Aの契約書は基本的に非公開なので、絶対とは申せませんが、日本での事例はあまりないと考えられます。これに比べて、アメリカでは、(M&Aの契約書が公開された事例に限定されますが)約3割の取引において、こういった趣旨の条項が含まれていると言われています。

 

 なじみのない話なので、前置きが長くなりました。では、どうして日本ではアーンアウト手法が活用されなかったのか、そして今回の事案がもたらす影響は何か、次回に話を続けます。

※「昼エキスプレス」ゲストトークの模様は、動画配信サービスにて、ご覧頂けます。詳しくは、「日経チャンネルマーケッツ」のホームページまで。

 


第27回 「元受講者とのミーティング」

 年にない厳しい寒さが続いた今年の冬もようやく終わりを告げ、春がやってきました。今年の桜はあっという間でしたね。同志社大学大学院も、新入生を迎え、また新しい一年が始まります。数多くある講座の中から、履修案内に掲載された「シラバス」に興味を持って、私が担当する「実践M&A」講座で一緒に学ぼうという意欲を持ったまだ見ぬ受講者との出会いが今から楽しみです。
 
 先日、3年前の受講者Aさんからご連絡をいただきました。MBA取得の要件としてこれから1年かけて作成する「ソリューションレポート」のテーマを「事業承継とM&A、それに伴う企業価値の最大化」にしようと思うので、大きな方向性を掴むためのブレインストーミングに付き合って欲しい、ということでした。私の講義をビジネス研究科「科目履修生」として受講された後「3年履修コース」に入学されたAさんは、来年1月にこのレポートを作成提出のうえ、口頭審査を受け、合格を目指します。
 
 「実はこの一年、自らが経営していた会社を譲渡する交渉と契約、クロージングを実体験しました。今後、M&Aに限らず、経営者としての経験を人に伝えていくために、知識を整理するための勉強をしようと思っています。」と受講に際して自己紹介されたAさんのことは大変印象に残っており、私からできるアドバイスをさせていただくとともに、改めてAさんのご経験をお伺いすることとしました。
 
 Aさんは、祖父が創業した会社の三代目の社長でした。祖父が早世した後、二代目の社長に就任したAさんの父親は、業績を伸ばします。その背中を追って大学在学中に入社したAさんは、約26年にわたり(最後の7年は会長と社長として)、父親と二人三脚でさらに業容を拡大していきます。その時代のことをAさんはこう振り返ります。一般に中堅中小企業経営者親子には、衝突や確執などが良くあると聞くが、Aさんは父親を尊敬し、父親はAさんに仕事を任せてくれる良い関係であったと。
 
 11年前に父親を亡くし、一人で舵取りをすることになったAさんは、その時点で、当時小学生だったご息女の成長を待って承継するのではなく、M&A手法で第三者に承継しよう、という大きな決断をします。以来、約6年、業績を伸ばす努力とともに、キーマンの育成や会社と個人の明確な分離など、譲り受ける側の立場を想定し、会社に磨きをかけていきます。満を持して、M&Aアドバイザーに依頼したAさんは、それからほどなく、ほぼ理想の相手とめぐり会い、約半年の交渉期間を経て株式譲渡に至ります。創業100周年にあたる翌年、会社は譲受側と合併しましたが、事業部にその名を残し、活躍する従業員とともにそのDNAを引き継いでいます。
 
 Aさんとのブレインストーミングでこんな話になりました。息子が、自分の継ぐべき会社を「正」と思うか、「負」と思うか。「正」と思ったAさんは、その「正」をより活かす方法として第三者への承継を選択したのではないか、そして、最終的な事業承継の判断は、そこをどう思うかで、息子がイニシアティブを持てば良いのではないか、と。「負」と思っても、それを「正」に向けて取り組む後継者もたくさんおられますし、大阪産業創造館が提唱している「ベンチャー型事業承継」がそれにあたるかもしれません。
 
 1時間半程度の短いミーティングでしたが、どうやら「ソリューションレポート」の青写真ができたようです。私もその完成を楽しみに、微力ながらお手伝いしていきたいと思います。

第26回 「事業承継を生かしたコンサルタント」

     
    前回に引き続き、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A(企業合併・買収)」講座でお招きし、受講者の共感を得たゲスト講師のお話をいたします。今回は、ファミリービジネスとして行っていた企業グループを父親から引き継ぎ、最終的に廃業を行った経験を生かし、現在は事業再生コンサルタントとして活躍されているFさんのストーリーです。
 Fさんは、大学卒業後、金融機関に勤めていましたが、父親である社長が体調不良に陥ったことをきっかけに、約10年で退職、1993年に事業承継の道を選びます。Fさんの企業グループは、建設資材のメーカーX社と商社Y社の2社から成り立っていました。当時の経営環境として、バブル崩壊、阪神淡路大震災、消費税増税、金融危機による貸し渋り、と難局が相次いだことに加え、固有の事情として、輸入元の国から材料を輸入して加工していたメーカーX社の立場は、現地での内製化の加速により脅かされることとなります。
 受講者からの質問もありましたが、震災や増税は、復興特需や駆け込み需要を生みますが、それは反動を伴います。結果として、特需は、現地内製品輸入の氾濫(はんらん)を加速させ、製品価格上昇につながらず、特需が去った後は大幅な売り上げ減に見舞われる結果となったようです。
 
 そのタイミング、97年に、金融機関M&Aチームから商社Y社の売却提案を受け、Fさんは父親のサポートをしながら、上場企業Z社への売却を実現させます。
 しかしながら、その1年後、X社は「会社整理」(当時の商法下での制度)を申し立てることとなります。従業員にきっちり退職金を支給することと、取引先への債務はきちんと支払うことをFさんに厳命した1カ月後、父親は帰らぬ人となり、その意を受けFさんは、2年かけて会社を畳む事となりました。
受講者からは、メーカーX社もM&Aで売却できなかったのか、という質問がありました。これに対して、Fさんはこう答えています。
 
     M&Aの難しさは、売買したい時に(ベストとは言わないまでも)ベターな相手が見つかるか?見つかったとしても相手が応じてくれるか?ということにあるかと思います。Y社の方は、決断できる相手があった訳ですが、X社の方は、お声が掛かったのは輸入元の国の資本の会社でした。そういう意味では全くチャンスが無かった訳ではないですが、父親は業界団体の重職に就き、褒章を頂いていたこともあり、ライバル国の会社に、その象徴たる事業を売るわけにはいかなかったという事情がありました。それでは、「国内での買い手を探すためにアクションは起こさなかったのか?」ということになりますが、当時はまだ、M&Aの仲介会社が今のように身近にアクセスできる状況になく、Y社売却の時の相手方アドバイザーが唯一の接点でしたが、当該金融機関は金融危機の際に、事業を停止していた為、依頼することができなかったという事情もありました。
 昨年公表された日本企業が関与するM&Aの件数は、昨年比15%増の3050件(レコフ調べ)で、調査を始めた85年以来最高の数字となりました。公表されていないM&Aの件数を加えると、その総件数はその倍とも3倍とも推定されます。
 
    Fさんは、隔世の感を感じつつ、その時の経験を踏まえ、中小企業へのアドバイス提案を行っておられます。私も彼のような方と手を携えてさらに多くのM&A案件に関与していきたいと考えています

第25回 「海外企業M&Aでもおもてなし精神」ふたたび

 おかげさまで本コラムも3年目を迎えました。これからも、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座でのお話、また、それに限らないM&A(企業合併・買収)にまつわるよもやま話をお届けしてまいります。
 「実践M&A」講座では、六つのテーマについてそれぞれの専門家をお呼びしています。同じテーマでも年度によって異なるゲスト講師をお招きすることもありますが、ちょうど2年前、本連載第1回でご紹介した「メーカーX社のM&A責任者のAさん」には、毎年欠かさずいらっしゃっていただいています。というのも、X社は、続々とM&A実施を発表し、Aさんにご紹介いただける情報が年々ボリュームアップしているからです。
 Aさん初登場のときのお話は、3年前米国企業を買収した際、なかなか進まない状況を打開するべく、相手企業のオーナー夫妻をお招きし、さまざまな「おもてなし」を行った結果、交渉が加速した、というものでした。海外企業とのM&Aであっても「気持ち」の部分が大きな意味を持つ、ということでしたね。
 昨年遂行したAさんのミッションは、欧州企業Z社が株式を100%保有する米国企業Y社の買収です。もともと日本では販売実績のなかったY社社長がX社事業部に向けた協業の提案に来日することを耳にしたAさんは、特定分野で世界3位のシェアを有するこの会社をM&A戦略担当としての買収対象企業として「リスト」に入れていたこともあり、Y社社長「おもてなし」の場に同席します。X社によるY社の株式取得による資本業務提携、というより深い協業の可能性を打診したところ、Y社社長からは「自分はオーナーではないので」と前置きがありながらも「良い話なのでは」という意見をもらえたそうです。
 とあるM&Aアドバイザーを通じたヒアリングでは、Z社にとってY社は主力事業に位置付けられるので株式売却の可能性はない、という情報を得ていましたが、「おもてなし」の場の会話に意を強くしたAさんは、X社事業部メンバーとZ社を訪問、結果として、交渉をスタートさせ、紆余(うよ)曲折はあったものの、最初の接触から1年に満たない短期間で、無事グループ会社化することに成功しました。
 
 M&Aを戦略的に行っていくためには、リストアップとそのアップデートが重要で、対象企業もしくはその株主がコンペティターであっても先入観を持って排除しなければ、巡ってくるチャンスを生かすことができる、とAさんは語っています。
 Aさんは、このY社が属する事業領域において、4社の買収に関与されています。国内・海外、上場・非上場、それぞれですが、共通しているのは結果として最終的に株式を100%保有し、完全子会社としていることです。上場企業を完全子会社にするプロセスは、国・地域によって制度が異なり、工夫が必要な場合もあることも学んだ後、最後に、昨年X社が別の事業領域で行ったM&Aの話をされました。こちらに対しては、少数出資と役員1名の派遣にとどめています。まずはX社の社風に染めず、シリコンバレーベンチャーの風土を生かし自由に展開してもらうのが良いという判断です。事業領域と対象企業の特性を考慮し、多様なスキームの中からベストな展開を模索する、この当たり前のことの重要さを受講者はかみ締めていました。
 次回は、事業承継経験を生かして活躍しているゲスト講師のお話を紹介します。

第24回 「2017年を振り返る」

      
      あけましておめでとうございます。今年もさまざまな切り口でM&A(企業合併・買収)にまつわるよもやま話をお届けしていきますので楽しく読んでいただければ幸いです。
 同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座の秋学期後期分は、先月4日に開講しました。本年からは、今出川キャンパスに加え、大阪サテライト(大阪梅田の阪神百貨店の南側にあります)での講義も行います。例年同様、初回講義では、導入を兼ねて受講者に2017年で最も印象に残るM&A案件とそれを選んだ理由を述べてもらいました。いろいろな意見が出ましたが、私は、いろいろな意味で東芝(6502・2部)が中心となった一年であったと思います。
 
 半導体子会社・東芝メモリについては、投資ファンドを軸としたいわゆる「日米韓連合」という元のさやに収まって決着したように見受けられますが、3月末のクロージングまでに越えるべき山はいくつか残っているようです。このテーマについては、いろいろなところで書かれていますので、ここでは述べないこととします。忘れてはならないのは、じわじわと拡がっている東芝グループの事業縮小が、取引先中堅中小企業へも影響を及ぼしていることです。事業承継案件を検討する譲受企業において、取引の継続可能性を含めた短期中期の見通しが難しく、価格とスピード感が損なわれている、という話を聞きます。事業承継型M&Aの件数は激増しているので目立ちませんが、神戸製鋼所(5406)、日産自動車(7201)や三菱マテリアル(5711)などの取引先も含めて、機会を逸することのないよう、アドバイザーとしてできることをしていきたいと思います。
 さて、昨年4月に放送されたCS放送・日経CNBC「マーケッツのツボ」で申し上げた「東芝グループにおいて『選択と集中』はさらに加速していくだろう」という想定通りのお話しとして、東芝テック(6588)が筆頭株主となっている国際チャート(3956・JQ)に対するナカバヤシ(7987)による株式公開買付け(TOB)が先月完了しました。11月8日発表された株式公開買付価格は258円で、前日終値の355円、過去1カ月終値単純平均276円を共に下回る、いわゆるディスカウントTOBとなり、その後の国際チャートの株価は、その買付価格を少し上回る水準で推移しています。第19回でお話したRIZAPグループ(2928・札ア)によるディスカウントTOB発表を受けたジーンズメイト(7448)の値上がりと異なり、本件が一般的な結果となったことをネガティブに捉える読者もいらっしゃるかもしれません。
 電波などを用いてID情報を埋め込んだRFタグのデータを非接触で読み書きする技術RFIDの用途拡大が進んでおり、その最前線に位置する東芝テックグループからの離脱がマイナスとみられるのでしょうが、平成23年に横河電機(6841)から東芝テックが国際チャート株式を取得した際に、ナカバヤシもその取得を検討していたとのことです。6年間が経過してもブレることなく待ち続けて、昨年3月(まさに私の発言のころですね)から機会到来とアプローチし、成就したわけですから、多少時間がかかっても相互に企業価値を高め合うシナジーが出現してくることを期待したいところですね。
※「マーケッツのツボ」の「第37回・M&A急増!投資家はどう利益につなげればいいか」の前半部分はYou Tubeでご覧いただけます。「マーケッツのツボ 三谷」でご検索ください。

第23回 「新語・流行語大賞『付度』」

  早いもので、今年も残り1ヶ月を切りました。昨年に引き続きまして、「2017新語・流行語大賞」に絡めまして、一年を振り返りたいと思います。前回取り上げた「人生100年時代」も含めノミネートされた30の言葉から選ばれた大賞は、「インスタ映え」と「付度」でした。
 
 ということで、今回は「忖度」のお話。いろいろなところで言われていますが、「忖度」というのは、「他人の心を推し量る」という意味だけで、「その上で何かを配慮する」という意味は現在の辞書にはありません。2000年代に入ってから、テレビ番組や新聞等の報道内容が政権に配慮した内容になるケースで、そういったニュアンスで使われ始め、森友学園の前理事長が国会の証人喚問の際に使ったことで一躍脚光を浴びました。大阪府松井知事の「良い忖度と悪い忖度がある」発言が拍車をかけたのかもしれません。
 
 その後一気に、「意思決定システムの中で、本来であれば是々非々で判断しなければならないところで、「こんなことをするとトップや上司が気を悪くする可能性がある」など、論理性合理性以外の要素が入ってしまう場合に、「忖度」が多用されるようになりました。言葉は移ろいゆくものであり「新語・流行語大賞」ですから、新しい用例が加わった「忖度」もノミネートされたのでしょう。ちょうど前々回(第21回)の本連載「選択と集中のきっかけ」でお伝えしたグループ会社売却のきっかけは、まさにこの新しい用例の「忖度」の必要がなくなったとき、というお話ですね。
 M&Aアドバイザーの世界でも似た話があります。アドバイザーのサービス形態は大きく分けて二つあります。両当事者の間に立って、双方から中立的な立場で助言する「仲介」。当事者のいずれか一方の立場から助言する「FA」。私の会社では、それぞれのメリット・デメリットをきちんとご説明し、お客様に選んでいただいた上で、その業務特性に十分注意してサービスを提供しています。
 
 大手銀行や監査法人系コンサルティング会社のアドバイザーは専らに「FA」サービスを提供します。その理由のひとつは、中立的な立場を守り続けなければならない「仲介」という進め方についての、逸脱の結果生じ得るリスクを企業として容認できないからです。一方で、そのリスクより双方から報酬を得ることを重視し、選択肢なく顧客を誘導する「M&A仲介会社」が少なくないため、中堅中小企業の事業承継型のM&Aにおいては、「仲介」がその多数を占めています。
 中立的な立場を守り続けるのは難しいことです。「忖度」になぞらえれば、顧客の心を推し量ることは大事ですが、そこで主体的に調整を仕掛けた時点で逸脱してしまいます。仲介者に求められることは、当事者の意向を伝え、当事者がそれを示しきれない場合には心を推し量り、相手方に伝えることまでです。調整をするのは両当事者です。
 ともすれば、「M&A仲介会社」に属する、リスクや厳密性を理解していない社員が、勇み足で、逸脱した調整を図ろうとします。その状況を耳にした顧問弁護士、顧問税理士が、「ちーがーうーだーろー!」と私に意見を求めて来られるため、その案件が「炎上○○」にならないようお手伝いするようになった結果として、私の会社では、第三のサービス「セカンドオピニオンサービス」を「依頼者ファースト」の立場で提供しています。
 今年一年ご愛読ありがとうございました。連載3年目となる来年も、さらに読者の方々に興味を持っていただけるようパワーアップして参る所存です。
 

第22回 「100年人生のロールモデル」

      先月、福島大学経済経営学類奥本教授にお招きいただき、ゲスト講師として、ゼミナールの皆さまにお話させていただきました。昨年は、社会人を中心とする大学院生への講義であったので、「実践M&A講座」のダイジェスト版でお話をいたしましたが、今年は、ゼミナール後期第1回目の恒例行事、秋の福島の風物詩である「芋煮会」の場で楽しく学んでもらおう、ということとなりました。
 教養課程の2年生から卒業論文作成中の4年生まで、また経済学からマーケティング論までと受講生のレベルや関心がまちまちであることもあり、M&A(企業合併・買収)だけではなく、ビジネスマンの先輩として何かお伝えできれば、という思いも持ってお話いたしました。
 ちょうど当日、日本経済新聞の1面に「大廃業時代の足音」ということで、後継者難から中小企業の休業・廃業が増えている、という論旨の記事が出ておりました。その内容をかみ砕いてお話しするとともに、その前月、福島県内トップクラスの人材サービス企業が同事業を国内外で展開するウィルグループ(6089)のグループ入りをした事例や、福島市を本拠に冠婚葬祭事業を行うこころネット(6060・JQ)が同県本宮市の葬祭事業会社を買収した事例のプレスリリースを通じてM&Aがそこで果たす役割、可能性を把握してもらいます。
 その上で、「親が事業を営んでいて、自分が後継者たる立場にいる人」に挙手してもらったところ、約5分の1である4人の手が挙がりました。全員が、自分が後継者となることを意識しており、そのためにまずは金融機関に勤め経営を勉強しよう、という方もおられれば、親と同種の事業を自分で起業してその経験を踏まえて継いでいこうと考え、その業種でアルバイトをしている、という方もおられました。
 奥本教授は普段から学生に、「起業して経営者になれ」それができなければ「経営者になることができる会社に勤めろ」と指導していることもあり、流石です。ひとしきり事業承継とM&Aのお話をした後、今年話題となった「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著)のご紹介をしました。平均寿命は10年で2―3歳ずつ伸びており、2007年に日本で生まれた子供の半分は、107年以上生きると予想されています。従って、受講者の世代の半分はあと80年以上生きる事となります。そこでは、就職や引退の常識が変わり、人生に新しいステージが生まれます。過去のロールモデル(お手本となる生き方)は役に立たなくなります。受講生には熱心に聴いていただきましたし、ぜひ読んでみたい、という声も多数寄せられました。
  最近、より事業を発展させるために新たなパートナー企業に株式を譲る、という形のM&Aのお手伝いをさせていただいた50歳代の経営者Aさんのお話です。若干株を保有されていた学生であるご子息に対して、株式譲渡の説明とその同意を諮ったところ、「僕は継ぐつもりはなかったので、何の異存もない。それはそうと、これからお父さんは何かする予定はあるの?特にないのなら、卒業したら起業しようと思っているので、一緒にやろうよ」と言われ、驚いたそうです。Aさんは、株式を譲られた後も経営者の地位にとどまるので、今しばらくは共同経営者となることはないかもしれませんが、何年か先、人生100年時代の新しいロールモデルを作っていくことになるかもしれませんね。
      ※「新語・流行語大賞」のノミネート30語が11月9日に事務局から発表され、この「人生100年時代」も候補に入っています。

第21回 「選択と集中」のきっかけ



 東日本と西日本で全く様相の異なった夏がようやく終わりを告げ、爽やかな秋がやってきました。芸術の秋、食欲の秋、収穫の秋、そして選挙の秋。皆さんは、秋と言えば何を連想されますか。

 学生時代、体育会ゴルフ部に所属していた私にとっては、スポーツの秋、とりわけゴルフの秋です。そう言いながら、恥ずかしいことに人生通じてアベレージゴルファーの域を一度も出たことがない私ですが、「ゴルフ場のM&A(企業合併・買収)」を通じて所属組織にもたらした報酬の総額は、中堅プロ選手の生涯獲得賞金を上回っているかもしれません。「下手の横好き」が幸いしたのか、これまで、数多くのゴルフ場の経営主体の移転に際してのお手伝いをさせていただきました。

 私がゴルフに明け暮れていたバブル期には、業歴の長い上場企業はほぼ例外なく企業グループを形成しており、子会社として大概、システム会社、給食会社、旅行代理店、保険代理店、そしてゴルフ場運営会社を有していました(私はこれを5点セットと名付けています)。以来30年、この5点セットをはじめとするグループ企業につき、「餅は餅屋」ということで、各業界の専業会社に売却をしていく流れができ(これがいわゆる「選択と集中」ですね)、M&Aの件数増加の一翼を担ったことは間違いありません。

 この5点セットの中で、ゴルフ場運営会社は、企業グループ内における重要度は高くはないのですが、業歴が長いゴルフ場では、高額の預託金債務がなく、営業キャッシュフローのマイナスに目をつぶっておれば、平時の企業グループとしては継続保有し得る事業です。
 
少し昔のことになりますが、私はある上場企業の役員に呼ばれました。グループのゴルフ場運営会社の売却を検討したいというのがその用件です。その役員は、経営企画担当に就任し、前任者たちが先送りしてきた問題に初めてメスを入れようというのです。
 
 偶々、ある事業会社オーナーの資産管理会社が近隣のゴルフ場運営会社取得に興味があることを知っていたので、話を持ちかけたところ譲受条件が出てきました。営業キャッシュフローがマイナスなので厳しい条件ではありましたが、相応に合理的なものと判断できましたので、両者の合意に向け推進していこうとした矢先、役員から「誠に申し訳ないが、相談役の反対に抗えず交渉を打ち切らざるを得ない」と。依頼者の意向が全てですからもちろん白紙に戻しました。
 
 それから5年後、その間に生じた赤字総額以上の減増資を行う(持参金をつける、と理解してください)、という出血を伴っての準大手ゴルフ場運営専業会社への会社売却の報が出ました。既に退任されていた役員からは、「相談役が引退されたことがきっかけとなったようだ、貴殿の提案と労が報われず申し訳なかった」とお言葉を頂きました。

 今年8月21日、二つのリリースがありました。江崎グリコ(2206)は平成30年末で創業者江崎利一氏の出身地にある佐賀工場の生産を終了させ、LIXILグループ(5938)は6年前に創業家の潮田議長が主導して買収したイタリアの建材子会社の株式を、損失を伴って中国企業に売却するというものです。

 共に、今後の環境変化を見据え、創業家への配慮より、経営の効率化を優先させる合理的な判断と思われますが、LIXILの売却事例については、「プロ経営者」として創業家より招聘された瀬戸社長が前任「プロ経営者」の拡大路線を転換する象徴、と言われており、「選択と集中」のきっかけ、として今後増えてくる形の一つといえましょう。


第20回 「今どきの投資ファンド模様」

 第18回、第19回では、4月8日と9日に放送されたCS放送・日経CNBC「マーケッツのツボ」で私がお話したことと、その経緯を書きました。ほかにもさまざまなテーマが出ましたが、唯一、自分でも歯切れが悪かったと思ったのが、聞き手の岡村友哉キャスターから求められた東芝(6502・2部)に関する見解でした。

 

 東芝の行く末を予測する知見を持ち合わせていない私は「東芝グループにおいて『選択と集中』はさらに加速していくだろうから、その『選択』の対象をM&Aで取得し相乗効果を生むことが期待できる企業を投資候補とする、ということで如何か」と申し上げるのが精一杯でした。

 

 東芝グループの東芝テック(6588)が筆頭株主となっている国際チャート(3956・JQ)に対して、ナカバヤシ(7987)が11月8日株式公開買付けを発表しました。買付価格は258円で、前日終値の355円、過去1ヶ月終値単純平均276円を共に下回る、いわゆるディスカウントTOB(第19回参照)となりました。東芝テックは平成23年に横河電機(6841)からその株式を取得しましたが、実はその際に、ナカバヤシは株式の取得を検討していた模様で、本年3月(まさに「マーケッツのツボ」の放送の頃ですね)から銀行を通じてアプローチし、今回6年越しの成就となったとのことです。

ナカバヤシの翌日の株価は、場中は上昇しましたが、終値は変わらずでした。本件については、示唆深い内容が多いので、連載のほうで改めて取り上げたいと考えています。

 

 現在も続く混乱を見るにつけ、その回答は間違っていなかった気がします。「選択と集中」の最大テーマとして、放送時点から挙がっていた半導体子会社・東芝メモリについては、投資ファンドを軸としたいわゆる「日米韓連合」が買収するシナリオに、米ウエスタンデジタルが待ったをかけ、シャープ(6753・2部)の親会社である台湾・鴻海精密工業も参戦するという争奪戦が繰り広げられ、いまだに決着がついていません。

 

  皆さんが投資ファンドについて目にするのは、本件のような事案が多く、投資ファンドとは大型の案件に対して投資するものである、と考える方も多いと思いますが、実はそうではありません。リーマンショックから9年。金融緩和が継続し、比較的安定した経済情勢の下では、従来、投資ファンドがその処理を得意としていた不良債権は激減。守備範囲を中堅中小企業へのバイアウト投資にシフトしているのが実情です。

 

 私の会社も毎週のように、投資ファンドの担当者の方からお問い合わせをいただきます。それでも、ほとんどの方は会社の価値として「5億円以上が投資対象とする基準だ」とおっしゃいます。

 

 私が親しくしている弁護士・甲さんから、ある専門店運営会社X社の企業再生について相談を受けました。債務が過剰となり収益力が低下している企業の、健全な部分を事業譲渡しよう、という話です。その専門店が属する業態は、価格破壊が起きてから二極化が進んでいます。

 

 残念ながら勝ち組ではないX社について、同業者は買収に二の足を踏むだろうし、その業界の中堅企業に投資ファンドが投資したケースはあるものの、それらに比べると、X社への投資は2億円に満たない小規模なものとなることから、私は、同業者、投資ファンドのいずれも投資対象とする可能性が低いと判断し、その業態にクロスセルが期待される別商材の専門店運営会社Y社との協議を提案しました。

 

 紆余曲折の結果、Y社から見送りの判断がなされ、申し訳なく思っていたところ、甲さんから、X社の事業部分の一部に対して、投資ファンドの子会社となり経営再建を果たしつつある同業者Z社から譲受意向を頂戴した、という報告を受けました。

 

 Z社の株主である投資ファンドとも親しかった私としては、みすみすアドバイザーとして付託に応える機会を逃したので失敗と言えますが、そのプレスリリースを拝見すると、ほぼX社全店舗の営業・全従業員の雇用が継続されるという好条件のよう。事後処理に奔走している甲さんは大変なご様子ですが、良きお話であったと心より拍手いたしました。

このように、既に投資している会社の企業価値向上、という条件はあるものの、投資ファンドはその守備範囲を急速に拡大。M&A手法による事業継続というフィールドを拡げているのです。

 

 


第19回 「和製アマゾン?」

6月16日、米アマゾン・ドット・コムによる米国食品小売大手のホールフーズ・マーケットの買収が発表されました。欧州など米国外を含めた約500の高級スーパー店舗網を、手許現金の約3分の2の137億ドル(約1兆5000億円)の現金を投じて取得します。

 

 ホールフーズの主力は「健康食品」です。「健康食品」といえば、日本ではサプリメントとかがイメージされますが、米国ではもう少し広い概念となります。

 

 発表した翌日のアマゾンの株価は3%、ちょうどこの取得価額分ぐらい上昇し、事実上無償で取得した、と言われました。一般的に巨大買収は、行った側の株価が下がると言いますが、アマゾンであれば、若干業績と株価が低迷している会社も何とかしてくれるだろう、ということのようです。

 

 4月8日と9日に放送されたCS放送・日経CNBC「マーケッツのツボ」のトークの中で、RIZAPグループ(2928・札ア)によるM&Aへのコメントを求められました。今年だけでも、ジーンズメイト(7448)、ぱど(4833・JQ)を傘下に入れる発表を行い、それぞれ株価が大きく上昇しているが、これをどう考えればいいか、という話です。

 

 ジーンズメイトは発表前200円前後だった株を160円で取得する、いわゆる「ディスカウントTOB」でした。理論的には株価への影響は“中立”ですが、従来は、大株主がその株価で応じるのであれば何か事情があるのだろう、ということで、TOB価格に引きずられることが一般的でした。実際、取得後の3月10日に、特別損失の計上と業績予想の修正を発表しています。

 

 ぱどについては時価の約4分の1の価格で第三者割当増資を引き受けました。こちらについては希薄化する上に、いわゆる「有利発行」であり、理論的に株価は下がるところです。にもかかわらず、それぞれ株価が上昇したのは、過去に同じようなスキームでRIZAPが低廉に取得した企業の株価が上昇していること、そしてその背景として、本業の個人向けボディメイクが順調であり、買収した会社のボディメイクも期待させるIR(投資家への説明)がなされていることなどが理由でしょうか。

 

 その後も、RIZAPが5月23日に直近株価水準の半分以下である55円で第三者割当増資を引き受けると発表し、6月28日に取得した堀田丸正(8105・2部)の株価は、8月2日の終値で462円となり、RIZAPには多額の含み益が生じていますし、RIZAPの株価も同期間で67.7%にアップしています。もしかするとRIZAPについて「和製アマゾン」という言う人もいるかもしれません。 

 

 6月20日に、2年余り前に第三者割当増資を引き受けて子会社化した夢展望(3185)より、親会社RIZAPから2億円の報酬を受け取る業務委託契約を締結したとリリースが行われています。合理的かつ正当な手続きに則ったものでしょうが、単独で稼いでいくには道半ばなのでしょう。業績不振や財務問題を抱える場合に必要な「継続企業の前提に関する重要事象等の注記」は今もついたままですし、6月30日には、東証から「債務超過の猶予期間入り」銘柄となったことが発表されています。

 放送の際、私は申し上げました。

 「M&Aは事業拡大に有効なツールであり、上手く活用して拡大している企業は数多くあります。一方で、「飛び石」を打つような買収を急ピッチに連発して、結果的に破綻の憂き目にあった元上場企業もいくらでも名前があがります。個人投資家としては、相乗効果が発揮できる「布石」となるM&Aを着実に実行できる企業を見極め投資することが利益につながるのでしょうね。」

 


第18回 「TOB合戦のいきさつ」

 

 

 3月期決算企業の株主総会が集中する6月最終週の29日、ソレキア(9867・JQ)の株主総会が開催されました。3月末時点で第三位株主のフリージア・マクロス(6343・2部)および同社の会長である佐々木ベジ氏の動向が注目されましたが、予定議案は可決され終了しました。

 

 ソレキアは来年設立60周年を迎える、システムやソフトの開発販売も手掛ける電子部品商社です。独立系ですが、取引先としても、経営陣に複数の出身者がいるという意味でも永年、富士通(6702)と深い関係にあります。

 

 PBR(株価純資産倍率)が約0.3の2000円程度の株価水準であった2月に、まず、佐々木氏が2800円でTOB(株式公開買付け)の実施を届け出ました。買付けの意図に関する質疑応答を経て、ソレキアの取締役会は法務および財務アドバイザーの助言の下、「反対」の意見表明をします。

 

 さらにその後、富士通が買付けの意図を説明の上、3500円と佐々木氏を上回る金額で対抗TOBの実施を届け出ました。これにソレキアの取締役会は「賛同」の意を表します。すると佐々木氏は買付け価格を3700円に引き上げ、市場での取引価格はついに4000円を超えました。

 

 こうしてTOB開始前から2倍高水準となった3月28日が、ちょうどCS放送・日経CNBC「マーケッツのツボ」の私のゲスト出演収録日であったこともあり、聞き手の岡村友哉キャスターから意見を求められました。

 

 その時点では、いわゆる「TOB合戦」の渦中にあったこともあり、また、私は株価の見通しを述べる立場にはないので、あくまでもM&Aの専門家として次のような趣旨のコメントをいたしました(企業名や数字は補足しています)。

 

 「ソレキアの経営陣としては、賛同の意を示している富士通に株を取得してもらいたいだろうが、株式を公開し、譲渡制限がない以上、結果は経済合理性に基づく株主の判断に委ねることとなります」

 

 「2005年には、ニッポン放送や東京放送、阪神電気鉄道などが相次いで敵対的買収のターゲットとなった結果、買収防衛策策定の助言がM&Aアドバイザーの業務の一つとなり、08年には導入社数569社というピークを迎えました。しかし、2年前のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の導入により、買収防衛策は廃止に向かう流れとなっています」

 

 「多くの企業の経営陣にとって本件は他人事ではないですし、一方、従来からの株主にとっては、PBRが1を割っていることも含め、今日の株価はまだ満足できない水準かもしれませんね」

 

 ――果たして、双方が引き上げを繰り返しましたが、完全子会社化を想定した富士通の取引要件は充足されず、佐々木氏は5450円で30%超の株式を取得。ホワイトナイト(白馬の騎士)が敗れる形で決着しました。

 

 ソレキアの株価は7月5日の終値で6,830円です。一般論としてはTOB終了後には開始前の株価水準に戻ることが多い中、その後も佐々木氏が市場で買い増したこと、6月29日に佐々木氏がフリージア・マクロスに取得株式の一部を譲渡し、ソレキアを同社の持ち分法適用会社とする見込みであることを発表したこともあり、引き続き高値圏にあります。それでも、1990年に店頭公開(現在のジャスダック)市場への上場直後に付けた上場来高値はもちろん、99年に行った公募増資価格を大きく下回っています(いずれも株式分割等考慮後)。

 次回も、番組で話題となったテーマのその後を振り返ってみることにします。

 


第17回 M&Aにアドバイザーは必要か

前回の北浜M&A通信では、弁護士の研修会で講演した後に受けたご相談二つを紹介しました。ケース1は、事業を譲渡するにあたって間で話をしていた人が実は全く自分の味方ではなく、結果としてトラブルとなり訴訟沙汰となっているケース。ケース2は、M&A仲介業者に依頼したが、全く相手を紹介してもらえないケース。いずれも、M&Aという事業承継に有効なツールを、結果として有効に活用できなかったお話です。

 

 研修会でもお話した「M&Aでアドバイザーが果たす役割」六つを改めて整理してみたいと思います。この六つの役割を全て必要としなければ、M&Aアドバイザーは不要と言えます。

 

(一)情報開発・案件創出ルート ここが、依頼者にとっては最も期待するところです。M&Aにおいて、情報開発・案件創出の価値は引き続き非常に高く、従って、これを提供したところがアドバイザーを受任するのが一般的です。

 

(二)ノウハウ不足の補完 では、直接両当事者間でスタートする場合はどうでしょう。M&Aに関するハウツーやマニュアルは多数あるものの、遂行するために必要な「暗黙知」を含めたノウハウは当事者が有していないことが多いです。

 

(三)直接交渉による交渉決裂の回避 交渉上のヤマにおいてどちらが先にカードを切るのか、交渉決裂につながるような重要な問題が生じたときにどう着地点を見出すのか、これらノウハウだけでは片付けられないポイントにおいてアドバイザーは役割を果たすこととなります。

 

(四)案件コントローラーとして 両当事者間の意向が合致しているのに、成就までの時間軸が噛み合わず破談になったり、その内容を契約に落とし込むことが不十分なために後に揉めたりする事を、推進役兼調整役兼翻訳者としてのアドバイザーが回避させることができます。

 

(五)善管注意義務を果たすために 東芝(6502)の事案を見るまでもなくM&Aには大きなリスクが伴います。アドバイザーに帰責させることはできませんが、取引を行う上で専門家の知見を活用していることは、エージェントとしての経営陣あるいはM&A戦略担当にとってのリスクヘッジとなります。

 

(六)TOB(公開買付け)の場合 金融商品取引法の定めにより、一定の条件を満たす株式の取得に際してはTOB手続きが必要となり、また、その場合、取得者はその実施に際して、証券会社等に委託することが義務付けられています。厳密な意味でのM&Aアドバイザーではないですが、価値評価等とワンストップで受任して行われることが多いです。

 

 いかがでしょうか。全て不要とはなかなか言えないような気がしますね。さて、弁護士からケース2の相談の顛末を聞きました。催促して出てきた候補先、確かにある程度の関心はあったようですが、1年経つ間に事業環境が変わり、候補先からすると、「話が違う」ということとなり、破談になったようです。事業環境が変わるのは仕方ないことなので、その時点での状況を最初から正確に伝えてもらっていればまた違った結果となったでしょう。依頼者は、一旦譲渡の検討を取りやめました。このケースでは、依頼者に落ち度はなく、その依頼者が選んだM&A仲介業者の資質の問題であり、この業に携わるものとして残念と言わざるを得ません。

 なので、私は、アドバイザーの七つ目の役割として、「セカンドオピニオンサービス」が必要だと考えており、それを提供しています。

 


第16回 弁護士からの相談

先日、大阪弁護士会の研修会で、「中小企業支援に携わる弁護士が知っておくべきM&Aの基本事項について」と題しまして、200人近くの先生方を相手に講師を務めさせていただきました。大阪弁護士会所属弁護士の4%以上の方に聴講いただけた訳で、大変貴重な機会となりました。

 

先生方とは、様々な形でお仕事をご一緒させていただいておりますが、普段からご示唆ご教示いただく事が多い法律論等につきましては確認に留めまして、M&A全般の基本事項からスタートし、案件当事者の動機や、アドバイザーや仲介業者の思考形態、存在意義を理解したり考えたりしていただく内容とさせていただきました。

 

そういった内容が的を射たのか、終了後、たくさんの先生からご相談をいただきました。その中から二つご紹介してみたいと思います。

 

(ケース1)甲弁護士は、事業を譲渡された後にトラブルが生じた元経営者A氏から依頼され、訴訟を継続中です。甲弁護士はM&Aには一定の知見がおありなのですが、その訴訟においていくつかの論点があり、実務家の意見を参考にしたい、ということで求められ見解を述べさせていただきました。お役に立てば何よりなのですが、このトラブルには驚くべき元凶があり、甲弁護士も自らが最初から関与していればこんなことになっていない、と悔やむ事しきりでした。相手方から直接話を持ちかけられたA氏は、この相手方の「コンサルタント」と称する方と条件交渉を行う過程で、その方の弁舌爽やかさに腰の低さも相俟って、すっかり信用してしまい、契約直前の度重なる内容変更も「自分に良かれと思ってのこと」と理解して全て応じ、結果として不当に不利な内容で調印することとなってしまったのです。無論、この「コンサルタント」はA氏の事を考慮するはずもありません。結果、有望な事業を譲渡し、所得はなくなったにも拘らず、いまだに対価も受け取れず、訴訟費用も尽きてきたといいます。

 

(ケース2)乙弁護士からの相談は、「顧問先B社が第三者への事業承継を検討し、M&A仲介会社と契約し依頼をしたが、全く相手を紹介してもらえない。契約期間が1年なので満了してしまうが、催促してもよいものだろうか」というものでした。確かに、B社は地縁等も重要な地元密着型ビジネスで、加えて、とある地方の県下では斯界で五指に入る企業規模を有しているので、その事業に関心を持ち、継承に自信があり、かつ相応の資金を投下できる候補先を見つけるのはなかなか難しいと私も思います。しかし、その仲介会社は50社以上の候補先を並べ、これらの企業にアクセスすることを前提に契約をし、着手金を支払わせながら、結果として1社も交渉プロセスに移行させることができていません。この時の「候補先」の意味は何なのでしょうか。さらに驚くべきは、1年の間に決算を迎えながら、企業評価の見直しも行ってもらえなかった、といいます。私は、「遠慮なく催促してください、企業評価の見直しもお願いしてください。」と申し上げました。数日後、乙弁護士から、「催促したところ、ちょうど提案していた企業から面談意向を得ることができたらしいです。契約も延長されるそうです。」との報告をいただきました。

 

さて、これで良かったのでしょうか。良くない気がしますね。次回、もう少し話を続けていきましょう。


第15回 「実践M&A講座」最終プレゼンテーション

前回は、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座での、ゲスト講師のお話についての受講者による小レポートを紹介し、そこからの気付きを紹介させていただきました。本講座の受講者は、受講登録前に確認できる授業計画と評価基準「シラバス」の定めのとおり、講座を通じた学びを踏まえた最終レポートを提出してもらい、小レポートと併せて評価されます。

 

最終レポートのテーマは、「任意の企業を選択し、その企業のM&A担当者として「何をするか」「どのように行うか」を発表してください」もしくは、「M&Aアドバイザーとして、任意の企業へアプローチし、収益化するシミュレーションを作成してください」というものです。希望者には、レポートの最終提出に先がけて、全受講者の前でプレゼンテーションしてもらうこととしていたのですが、四人程度を想定していたにもかかわらず全受講者が希望し、文字通り十人十色の白熱したプレゼンテーション大会となりました。

 

 四人の方が、ご自分の勤めている会社を舞台にされました。うち三人の方は、お勤めの会社がターゲット企業の株式を譲り受けることをテーマにされていましたが、お一人だけ、オーナー経営者である甲さんは、甲さんご自身を相手に、M&Aアドバイザーとして譲渡の提案をする、というユニークなシミュレーションを行いました。その提案であれば検討できる、という形で自社を客観視されたわけです。成就した暁には、本講座でゲスト講師をしていただけるそうです()。四人とも、ご自分の会社のことを非常に熟知されていることが伺われる、実現が期待できる内容でした。

 

残りの方は、任意の企業をテーマとされたわけですが、なんという偶然か、西日本の流通業再編の提案がお二人からなされ、どちらかの企業がそれを遂行すると相手方の企業が戦略の見直しを迫られる、という現実を地で行く話が展開されたりもしました。

 

そんな中、私が最高点を付けさせていただいたのは、自動車業界の再編をテーマにした乙さんのプレゼンテーションです。同業界は寡占化が進んでおり、独占禁止法等の壁などさらなる国内の再編を成し遂げるには問題がいくつかあります。乙さんは、同業界の周辺に位置するA社のM&A担当者として、B社とアライアンスを組んだ上でC社をグループ化することで、B社に再編の加速というメリットを享受してもらいつつ、A社としての同業界への参入を実現しよう、というものです。

 

A社の同業界への参入メリットは認められるものの、非常に大きな意思決定が必要と思われ、これは荒唐無稽な話と言われるかもしれません。しかし、今日のように、M&A手法を活用した事業承継や、事業会社による「選択と集中」が必ずしも一般的ではなかった1994年、私がこの仕事に巡り合った頃には、このような「提案型」のM&Aが、その主流を占めていたのです。このプレゼンテーションに触れ、改めて原点に立ち戻らせていただきました。

 

このプレゼンテーションの翌日、トヨタ自動車(7203)とスズキ(7269)の業務提携合意のスクープが新聞紙面を飾り、二日後に正式発表されています。

 

 

「実践M&A講座」のお話はこの辺りにして、次回は、私の講演に参加された士業の方からの相談をご紹介します。


第14回「デューデリジェンスについて②」

 

 

 前回に引き続き、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座で、M&Aに精通した会計士をゲスト講師に招き、デューデリジェンス(以下「DD」)について受講者と考察したお話です。受講者には、講座を通じてお招きする6人のゲスト講師のお話についてそれぞれ小レポートを書いてもらっています。受講者Aさんの今回のレポートの一部を紹介させていただきます。(文意を損なわない範囲で修正しています。)

 ゲスト講師がM&Aを「中古住宅を買うイメージ」と喩えられたことには説得力があった。M&Aは「企業同士の結婚」に喩えられることもあるが、人間の結婚とは愛し合った二人がお互いの人格を尊重しながら、結婚後に起こる問題点についてその都度対処しながら一緒に人生を歩んでいく。そこでの価値尺度は「愛」であり、その愛が無くなれば離婚となることが多い。一方、M&Aの場合、買収や(吸収)合併であり、そこではすべからく「カネ」が関与するので、価値尺度は「カネ」となる。
 そうであるなら、同じ尺度で測れる方がわかりやすいので、「中古住宅を買うイメージ」の方がM&AにおけるDDの重要性も理解しやすくなる。
 ともに買った後に、クレームが言えるかが大事であり、そのためにも事前に行なう調査活動は大切であるとのことだった。M&Aの場合はそれがDDである。中古住宅を購入し、転居することで、親の面倒を見ることができる、通勤・通学が便利になる、等のことはM&Aになぞらえるとシナジー効果であり、それがビジネスDDであろう。宅地の地盤沈下の検証は環境DD、違法建築物件かどうかの検証は法務DDにあてはまる、というところか。ならば財務・法務・環境・ビジネスそれぞれのDDの連携が大事であることも理解できる。なお、M&Aの場合は中古住宅と違って、買った後には「人」も付いてくるので、人材の資質をチェックし、優秀な人材が離散しないよう努めることも必要となってくる。

  譲受側はM&A後の成功の夢物語を追いかけるだけではなく、後で後悔しないための事前の調査活動であるDue Diligenceは直訳の通り「当然の努力」である。そしてM&Aでは譲手や譲受側のみならず、従業員や取引先などにも配慮した選択が望まれる。この段階で初めて「企業同士の結婚」の喩えが生きてくると感じた。

 いかがでしょうか。ゲスト講師が、M&Aを「中古住宅を買うイメージ」に喩えたとき、この道二十余年のM&Aアドバイザーとしては、「経営者が手塩にかけて育てた対象企業を中古住宅に喩えるとはいかがなものか、正直これは受講者に誤解や錯誤を与えるのではないか、次の授業できっちりフォローしなければ」とその時は思いました。

 しかしながら、ふだんの対話を通じて、まさしく経営者として真摯に事業に向き合い、事業承継を含めた「自社の存続と発展」のビジョンを得るべく大学院での学びを続けていらっしゃることを存じ上げているAさんがゲスト講師の話をこのレポートの形で咀嚼されていることに、私のほうが気付かされた感のある授業となりました。

  余談ですが、譲受を考えるお客様の中には、「M&A案件」のことを「物件」とおっしゃる方がしばしばおられますが、私は、これまでも、これからもそこだけは訂正を行わせていただきます。
  次回も、受講生から気付かされたお話を続けます。


第13回 「デューデリジェンスについて①」

 

 

 前回に引き続き、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座から。今年の一回目の講義では、M&Aに精通した会計士をゲスト講師に招き、デューデリジェンス(以下「DD」)のうち、「財務DD」について受講者と考察しました。昨年実行されたホンハイによるシャープ(6753)子会社化の検討プロセスにおいて、DDの不備を理由として破談となりかけましたので、この言葉を耳にされた読者も多かったかもしれません。

  改めてDDとは、直訳すると「Due(当然の)Diligence(努力)」即ち「当然なされるべき努力」という意味で、現在ではM&Aや不動産取引に際して事前に行う調査活動のことをいいます。まずは私から、その「M&Aディール全体の中での位置づけ」や「種類」(「財務」以外に「法務」「ビジネス」「環境」「人事」「IT」等がある)、「会計監査との違い」等説明し、基本的な理解を深めてもらった後、ゲスト講師からお話を伺いました。
 
  私が、数多おられる会計士の中からこの方をゲスト講師にお招きしたのは、経験豊富なことは勿論ですが、会計にとどまらないコンサルティングファームを自ら経営されておられ、また、DDの依頼を受ける際には、経営者としての視点を交え、対象会社のPMI(M&A実行後の統合プロセス、連載第7回参照)まで踏み込んだ調査を依頼者に提案する、というスタンスでお仕事をされているからです。自由にお話いただいたにもかかわらず、私の事前講義とうまくシンクロした内容に加え、驚きの事例も散りばめられた楽しい講義となりました。

  受講者から共感を得られたゲスト講師の言葉です。「財務DDは、膨大なM&Aの複数手続の中の一手続に過ぎない。DDに辿り着くまでの長い道のり、数多くの人々の苦労を考えれば、対象会社のオーナーや経理担当者の感情を損ない、それが原因でM&Aをブレイクさせることがあってはならない、という気持ちで、細心の注意を払いDDに臨んでいる。そのために、法務DDを行う弁護士、ビジネスDDを行う譲受企業担当者やその他専門家と協力連携して仕事を進めることが重要である。」「一方で、たかがDDされどDD、非常に大切な手続きであり、その結果次第では、スキームや譲渡価額の

 大幅な変更、もしくは避けたいことではあるが案件検討終了、という決断も必要になってくる」というものです。
その話を受け、私から補足として最近のディールで相対したアドバイザーの話をしました。その担当者は譲手の「プライドが傷つき」「ストレスがかかる」ので資料の提出や詳細なDDを忌避することを私のクライアントに主張してきました。どうやら、それが自らの任務であると錯誤している模様です。

 どれほどDDを行う側が配慮しようとも、必要な情報提供がなされなければお互いの時間と手間が増大し、あるいは、完了することができず結果として譲手が目的を果たせなかったり譲渡後に不利益を被ったりします。アドバイザーの使命は、指摘事項を踏まえたうえでの条件維持や、リスク回避のための交渉であり、ここに自信のない、あるいは譲手の信頼を勝ち取れていない未熟な担当者が就任している場合には、むしろ譲手にこそ望ましくないこととなってしまう、ということに受講者は得心していました。
  次回もこのお話を続けます。


第12回 「2016年を振り返る②」

 

 あけましておめでとうございます。今年も様々な切り口でM&Aにまつわるよもやま話をお届けしていきますのでよろしくお願いします。

 同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A」講座の秋学期後期分は、先月3日に開講しました。初回講義では、導入を兼ねて受講者に2016年で最も印象に残るM&A案件とそれを選んだ理由を述べてもらいます。これにより受講者の関心がどこにあるかよくわかります。

 挙げられた中に、ソフトバンクグループ(9984)によるアーム・ホールディングス(英)の買収がありました。取得価額が3兆3千億円ということで、海外企業の買収では史上最大というのがその理由です。取得関連費用が234億円ということで、英国の印紙税を除きその大半がM&Aアドバイザーへの報酬となります。このような案件では内外の複数のアドバイザーが就任します。日本勢ではみずほFG(8411)が一翼を担いました。

 トムソン・ロイターが「M&A市場リーグテーブル」を発表しており、投資銀行やM&A専業会社は、アドバイザーの力量を示すこととなるこの順位を重視し、チームの評価も行っています。ランクバリュー(純負債を含む取引金額)で決まるランキングにおいては、これ1件でみずほの圧勝が確定したので「目標が失われた」と嘆く投資銀行メンバーが多数いました。

 ここまで読まれた読者の方は、報酬が高い、とお感じになるかもしれません。しかし、その規模、法律・会計制度の異なる海外案件であること、そしてリスクはあるものの壮大なシナリオが描ける本件において、私は、この報酬は決して安くはないが妥当であると感じます。そういう意味では対照的な、少し残念な案件をご紹介しておきましょう。

 昨年10月に発表されたA社の適時開示資料によると、取得したB社の価額が54百万円、アドバイザリー費用等が53百万円とありました。M&A案件には、開示資料には表れない事象、例えば、退任する役員への退職金や、不動産等の簿価と時価の差額等があり、一概には言えませんが、B社の売上が3億弱、利益はほぼトントンであることを考えると、その報酬の妥当性、もしくは総コストを賄う何らかの可能性が示されないとA社の株主としては納得できません。

 しかも、そのリリースの2週間後に、A社は、「仲介手数料等の発生」を理由として「経常利益6割減」という通期業績予想の下方修正を発表しています。おそらくA社は、いくつかのM&A仲介会社が根拠としている総資産(B社は8億円強)を基準として算出された報酬を契約どおりにアドバイザーに支払ったのだと思われます。

 契約当事者が合意の上で行った取引について、何か申し上げる立場にはございませんが、M&Aが企業の存続と発展を企図して行うものである以上、このM&Aが生み出し得る収益計画等に見合った妥当な報酬である必要がありますし、せめて、適切な情報開示への助言を行う責任がアドバイザーにあると考えます。このままではA社の従業員は、B社の買収に伴う経営陣の判断を評価できず、B社の従業員は、肩身の狭さと将来への不安感に苛まされることでしょう。

 2017年は、経営戦略におけるM&Aと、その担い手としてのアドバイザーが、ますますその役割を増す一年となります。アドバイザーの真価が問われる一年となりますし、私達も一層、健全なサービスの提供に努めていきたいと思っています。


第11回 「2016年を振り返る①」

 早いもので、今年も残り1ヶ月を切りました。年の瀬の慌しさの中で、この一年の出来事が様々な切り口で振り返られるのもこの時期ならではの光景です。30のノミネート語から「2016新語・流行語大賞」も選ばれました。私個人としては、「AI」でしたね。小池都知事関連で若干概念が重なる4語も選ばれるのであれば、同様に、「AI」の派生概念である「IOT」や「自動運転」もノミネートされてよかったのでは、と思います。

 「自動運転」については、高齢者が行った操作ミスによる悲惨な事故が年末にかけて相次いだこともあり、ますますその開発が急がれます。そういった中、2016年RJCカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた日産セレナをはじめとして、「レベル2」(自動運転のレベルの定義で「加速・操舵・制動のうち複数の操作をシステムが行う状態」)が実現され、いよいよ「レベル3」(同「加速・操舵・制動を全てシステムが行う状態」)が視野に入ってきました。そして、自動車、自動車部品メーカーは勿論、総合電機、制御機器メーカーやIT企業がここをターゲットとして、提携やM&Aを加速させる一年でした。

 パナソニック(6752)は、7月にドイツの組み込みソフトウエア開発会社を買収しました。この会社の活用によるマルチメディアと運転者支援の機能統合が自動運転実現へ前進につながる、とのことです。5月に、この分野で2年後を目処にM&Aで4000億程度の売上を取り込む、という構想を表明してからの第1号案件となります。しかしながら実は、一昨年、自動運転に必要な画像認識の中核部品となるミラーに強みを持つスペインの自動車部品メーカーを傘下に入れており、着々と布石を打っていたわけですね。

 一昨年に布石を打っていた、という意味では日本電産(6594)も同じです。ホンダ(7267)とNEC(6701)含む4社から株式を取得し、ホンダエレシスを完全子会社化していました。その後、自社のリソースも併せ、自動運転に必要な車載システム分野で優位に立っています。8月に、「買わなあかんと思っていた」米国エマソン社のモーター・ドライブ・発電機事業を、円高の絶妙のタイミングで買収したことが話題になりましたが、それを成し得たのは、他で打つべき手を着々と打ってきたからでしょう。

 自動車、自動車部品メーカーも負けてはいません。トヨタ系の自動車部品メーカーデンソー(6902)は、富士通テンの株式を筆頭株主富士通(6702)から取得し、同社を子会社とすることで基本合意したと9月に発表しました。電機メーカー子会社としての視点では、主力のカーナビ事業は、競争が激しく利益は出ていない会社です。しかしながら、同社は制御機器やレーダー等のソフトに強い技術者を多数擁しており、デンソーが持つ自動車向け同分野と融合させることができれば、自動運転に向けた技術開発を加速することができます。

 自動車部品業界でいえば、日産自動車(7201)は系列最大の自動車部品メーカーカルソニックカンセイ(7248)の株式を売却し、その資金で自動運転をはじめとする研究開発投資を行っていく、と先週正式に発表しました。アプローチ手法は異なりますが、これも一つの戦略ですね。

 今年一年ご愛読ありがとうございました。来年もさらに読者の方々に興味を持っていただけるようパワーアップして参る所存です。次回も、2016年回顧を続けます。


第10回 25年前の映画「プリティ・ウーマン」とM&A

 11月に入っても、リーグ優勝パレード、黒田投手の引退会見と、広島東洋カープのフィーバーは続いています。日本シリーズでは惜しくも敗れましたが、5球団を圧倒しての1991年以来25年ぶりのセ・リーグ制覇は見事でしたね。選手の皆様、ファンの皆様、お疲れ様でした。

 あちこちのメディアで、それに因んで1991年を振り返る企画記事が掲載されていましたが、「北浜M&A通信」でも当時を振り返ってみたいと思います。
この年の映画興行ランキング、「ターミネーター2」「ホーム・アローン」に次いで3位に入ったのが、「プリティ・ウーマン」です。終焉を迎えつつあったバブル景気の名残、という時代の空気の中で、CMでロイ・オービソン作のテーマ曲が何度も流れ、興行収入53億円、という数字以上のインパクトのあった作品でした。

 この作品については、現代版「マイ・フェアレディ」と宣伝され、リチャード・ギア演じるエドワードとジュリア・ロバーツ演じるビビアンのロマンティック・コメディという印象がとても強いのですが、実は、M&Aの視点から眺めるとこれまた面白いドラマなのです。

 エドワードは造船会社をLBO(レバレッジドバイアウト、買収先企業の資産もしくは将来収益を担保に資金調達を行う買収)スキームで買収し、切り売りすることを目論んでハリウッドにやってきました。投資家達から集めたお金を短期間で増やす、今で言うハゲタカファンドの経営者ですね。

 しかし、ビビアンと出会い、心を通わすことによって、この買収が「何かを生み出す」ことにつながらないこと、さらには、確執のあった父親の会社を乗っ取り、追い出して復讐を果たしたことをビジネスの原点にしている虚しさに気付かされたエドワードは、造船会社オーナーを追い詰めながらも、契約直前になって短期的な利益を追うことをやめ、友好的な業務提携で話をまとめます。

 自分の描いたシナリオ通りにならないM&Aアドバイザー(弁護士)フィリップはやり場のない怒りをビビアンにぶつけようとし、エドワードに殴られる、という非常に印象的なシーンがあるわけですが、十年来の相棒に契約直前の最終交渉の場で席を外させられた彼の心情を慮ると、また違った見方ができるかもしれません。なお、私を含む多くのM&Aアドバイザーは顧客の意向を最優先しますし、友好的なM&Aを目指して仕事をしておりますので念のため(笑)。
日本人が映画でM&Aや投資銀行業務に触れたのは、1988年の「ウォール街」が最初でしたが、ある意味「通好み」の作品でした。誰もが知っている映画でM&Aがテーマを構成したのは初めてに近く、また、ここまで述べてきたように、冷徹なマネーゲームではないハートウオーミングな印象を与える結末となっています。

 この年の国内企業が関与したM&Aの総件数は638件と2015年の約四分の一、さらに国内企業同士のM&Aに限れば310件と同五分の一以下(「レコフ」調べ)ということで、わが国にM&Aが根付くのはまだまだ先となりますが、M&A仲介専業会社が産声をあげ、都市銀行や大手証券でスタートした投資銀行業務が本格化していくのもこの頃だったのです。

 機会があれば、日本のM&Aの歴史にも触れていきますが、次回は、今年最後となりますので、今年を振り返ってみることとします。


第9回「譲受戦略を動機づける逆行」

北浜M&A通信第1回でお伝えしたように、昨年の「日本企業による海外企業の買収」は一昨年から倍増し過去最高となりました。今年も、ソフトバンクグループ(9984)がイギリスの半導体設計大手のアームホールディングスを3.3兆円で買収するという過去最大の買収案件が成立する等、順調にその取引金額・件数を増やしています。

 先月も、数多くのM&Aが発表されました。その中で二つの案件を紹介します。まず、ルネサスエレクトロニクス(6723)による米国同業のインターシルの買収。取引金額としては今月最大の約32億ドル(邦貨換算約3300億円規模)を投じて、ルネサスにとって「欠けたパズルのピース」を埋めます。もう一つは、大日本住友製薬(4506)による、米国医薬品ベンチャー企業シナプサス社の買収です。こちらも6億ドル(同620億円規模)以上を投じて、神経領域の製品パイプラインを増強します。

 この二つの案件の共通点は、事業を補完できる海外企業を相応の対価を投じて買収する、ということですが、もう一つ大きな共通点があります。それは買手となった企業が、事業再構築のプロセスにある、ということです。ルネサスの属する半導体業界は変化と競争が激しく、いわゆる日の丸連合ともいえる経営統合の後、円高や東日本大震災の影響もあり急速に業績が悪化。産業革新機構(国も出資する企業再生ファンド)の出資を受け、一昨年には恒久的給与削減や希望退職者募集といったいわゆる「リストラ」を行ったところです。大日本住友に至っては、その二日前に希望退職者募集と役員報酬減額を発表しました。その理由は、国内外において、短期的に売上が想定を大きく下回っており、また中期的には主力商品の独占販売期間満了が待ち受けており、人員が過剰ということだそうです。

 リーマンショックの頃までは、業績不芳の会社にM&Aの提案に行くと、「当社は社員の雇用を守るのに精一杯で、他社を抱える余裕はない」「リストラをして従業員に迷惑をかけたところなのに、会社を買う、などということができる訳がない」と言われることが少なからずありました。金融機関の融資スタンスもまだまだ企業与信が中心でしたから「そもそも買収資金が調達できない」ということもあったかもしれません。M&Aで会社や事業を譲り受ける会社というのは、業績が好調で、獲得した収益を再投資する余裕がある会社だ、と。もしかすると今もそういうイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
今は違います。むしろ本業が行き詰まっている会社こそ、生き残るための有望な経営資源を獲得する機会を真剣に模索しています。金融機関も、プロジェクトファイナンス手法で、相乗効果も加味した事業計画に基づき融資します。

 パナソニック(6752)は2012年度、希望退職も併せ社員を10%削減しました。それと前後して、果断なM&A戦略を開始し、既にその果実が実りつつあります。業績好調な会社は、M&Aに依らずとも本業への再投資を行えばよく、個別事案への執着が薄いとも言えますが、厳しい会社においてこそ、会社の命運を変えるべくチャレンジを行う時代が到来している、ということですね。譲り受ける側の動機の話、次回以降に続きます。


第8回「M&Aが成功した」は4割

 

前2回(第6回、第7回)にわたって北浜M&A通信では、M&Aに取り組んだところ結果的に高い買い物となり、「成功」と評価し難くなるケースを、「勝者の呪い」「サンクコスト(埋没費用)」「エージェンシー問題」「PMI(ポストマージャーインテグレーション)とのギャップ」等の例を挙げ説明してきました。

 今回は、実際にM&Aを実行した上場企業の経営幹部が自ら携わったM&Aについてどう考えているのかを、「実践M&A」講座において受講生に紹介・考察した「M&A Survey」を通して少し眺めてみたいと思います。(本稿にてご紹介することをご快諾いただいた株式会社KPMGFAS様には心より感謝申し上げます。)

 「M&A Survey」は、日本企業におけるM&Aの実態と今後注力すべき課題について考察するため、東京工業大学井上光太郎教授の協力の下で昨年5月に株式会社KPMGFASが発表した調査です。東証一部上場企業をはじめとした二千余社にアンケートを配布し、約一割の企業から回答が得られたとのことです。

 まずは、「(最も重要な)M&Aは成功したか?」ですが、「成功した」が39%、「どちらかというと成功した」を併せると77%です。世の中でよく言われる「M&Aが成功するのは三分の一ぐらい」というのに比べると若干高い感じでしょうか。

 M&Aの「成功」「失敗」を論じる場合、何を評価軸とするのかが重要です。この調査では「売上・収益の伸び」「事業計画の達成度合い」「利益水準」が上位三つとなりました。そういう意味では「いくらで買ったか」より、「買った後どうなったか」が評価軸になっているようです。では「いくらで買ったか」ですが、プレミアム(本来の価値よりどれだけ高く買ったかの割合)については、国内案件の場合は上場非上場を問わず「10%未満」が5割、「30%未満」が9割近く占めるのに対し、海外案件の場合は、「30%未満」が5割程度となり、「50%以上」も2割近く見られます。

 これについては、海外案件のほうが、他社との価格競争を意識した案件が多い(54%、国内案件では39%)傾向があり、個別案件の状況により異なるのでしょうが、やはり競争がプレミアムを生んでいることは間違いないようです。

 成功するためには「良い案件」との出会いが大事ですが、案件はどこから発案されたか、という問いには、国内案件では、外部アドバイザーからの持込み(44%)、次いで経営陣による発案(23%)、これに対し、海外案件では、事業部による発案(28%)、次いで本部による発案(23%)となっています。

 最後に、「M&Aの主な目的」を見ておきましょう。最も多いのは「コア事業の強化拡大」で国内海外とも5割を上回っています。次いで「新規ビジネスへの参入」(3割弱)「垂直統合(例えば、生産から開発(川上)や販売(川下)の工程を統合すること)によるコア事業の強化拡大」(約1割)と続きますが、注目すべきは「ターゲット企業をライバルに買われないための防衛的買収」が、国内で4%、海外で8%程度あることです。

 「M&A Survey」については、まだまだ興味深い情報が多数含まれていますが、紙幅が尽きてきたので別の機会に紹介するとして、「防衛的買収」の話をはじめとした譲り受ける側を中心としたM&Aの動機あれこれについて、次回お話を続けていきたいと思います。


第7回 「M&Aにまつわる落とし穴」

 

 

 前回の北浜M&A通信では、入札のテーマによっては(本来勝者であるはずの)買手が必ずしも勝者たり得ない、という「勝者の呪い」のお話をした上で、M&Aにおいては相乗効果(シナジー)が期待されるので、「呪い」に巻き込まれることなく「勝者」と成り得る、というお話をさせていただきました。


 しかしながら、期待されたシナジーが生まれない、期待されたシナジー以上に高い価格をつけてしまった、といった理由で結果的に「呪い」に巻き込まれた事例は枚挙に暇がありません。そういった事例を生む落とし穴をいくつかあげてみましょう。

 ① 「サンクコスト(埋没費用)」 サンクコストとは、「それまでに使ってしまった費用」のことです。群馬県の八ッ場ダム建設中止問題を論じていた時によく使われていたのでご存知の方も多いかもしれません。M&Aを検討するにあたって発生した調査費用やアドバイザー費用、あるいは担当者の労力は、買収を中止しても返ってきません。従って、入札の最後になって金額が高騰したり、そもそも買収そのものを見直さなければならない問題が出てきたりしても、「ここまでコストをかけたのだから、後には引けない」と考えて、強引に進めてしまいがちです。

 ② 「エージェンシー問題」 委託者(プリンシパル)が代理人(エージェント)に業務行為を委任する関係をエージェンシー関係と呼びます。会社においては、株主が経営陣に委任している関係のことを指すことが多いですが、会社として執行役員や部門長にその部門を任せている関係も同様です。経営陣(あるいは部門長)はともすればその組織を拡大したい、という欲求があり(それ自体は誤っていないのですが、在任中の自己の名声や利益を目的としている場合は問題ですね)、結果収益性を無視した規模拡大、M&Aであればシナジーを過剰に見積もったり、正当な価値評価を大幅に上回る相手方の条件を鵜呑みにしたりする形で、株主(あるいは会社全体)の利益に反することとなるという問題です。

 若干話は脱線しますが、出光興産と昭和シェル石油の合併計画にまつわる議論は、まさに、大株主として創業家が存在する上場企業において、「委託者が誰なのか」という議論ですね。

 ③ 「PMI(ポストマージャーインテグレーション)とのギャップ」 ポストマージャーインテグレーションとは、M&Aを実行した後に、その統合効果を最大化するための統合プロセスのことをいいます。通常、統合プロセスには、理念・戦略やマネジメントフレームの統合である経営統合、業務・インフラや人材・組織・拠点の統合である業務統合、企業文化や社風の統合である意識統合の三段階があり、その膨大な範囲に亘る統合を成功させるためには、全体との整合性を取りながら個々の統合作業を進める必要があります。実行前に想定したシナジー効果を得られるかどうかは、統合プロセスの巧拙によるところが大きいのですが、ともすれば、最も巧くいった場合の期待値が織り込まれてしまいます。

 それでは、実際にM&Aを実行した上場企業の経営幹部は自らが携わったM&Aについてどう考えているのか、昨年5月に株式会社KPMGFASが行った「KPMG M&A Survey」を次回眺めてみることにしましょう。


第6回 「勝者の呪い」

 

 

  今回は、前回の北浜M&A通信で予告した「勝者の呪い」、即ち、入札では(本来勝者であるはずの)買手が必ずしも勝者たり得ない、というお話をさせていただきます。

 エアバックの大規模リコール(回収・無償修理)で経営悪化が懸念されるタカタ(7312)を支援するスポンサー企業の選定作業が本格化しています。タカタと自動車メーカーとの間のリコール費用の負担割合によってはタカタの財務基盤が大きく毀損する可能性が高く、スポンサー引受先を対象にした第三者割当増資を実施し財務基盤を強化のうえ、大規模リコールを招いた経営陣の刷新を図り、抜本的に経営体制を見直す、とのことです。

 米国の投資銀行ラザードがアドバイザーとなり、最も好条件を出したところがスポンサー(買手)となります。今回の場合は、同業は対象外にしたい、とか株価以外の要素もあるようですが、基本的には最も高い株価での引受条件を出したところがスポンサーとなります。スポンサーとなるべく、事業会社や投資ファンドが知恵を絞って札を入れるわけですから、選ばれた一社(連合の場合もありますが)はタカタの経営ないしは企業価値向上による果実を得ることができる「勝者」ということになります。

 この話になぞらえますと、とかくその「勝者」が将来的に損失を出すこととなり、そのことが「勝者の呪い」と呼ばれる、というお話です。不動産や国債のように入札参加者がほぼ定着した常識的な「共通価値」を有している場合には該当しないのですが、「共通価値」がない「推定価値」(石油採掘権の喩えがよく使われます)の場合は、入札参加者がその価値をはじき出す必要があります。もし、入札の参加者全ての推定価値の平均が概ね「真の価値」に等しいとするならば、入札の勝者はその価値を過大評価した上に、競争相手を見越してさらに上回る入札を行った人ということになります。もうおわかりですね。真の価値よりも高い価格を払ってしまった「勝者」は得することはない、ということです。

 それでは、タカタの入札でスポンサーとなった「勝者」は損をするのでしょうか。そうと決まったわけではありません。そして、それこそがM&Aの妙味なのです。前回お話したように、M&Aの買手は、その対象企業(事業)そのものが有する価値だけではなく、買手と一体となることによって期待される相乗効果(シナジー)を享受することができるのです。それは、事業会社に限りません。例えば、既に対象企業(事業)と親和性のある事業に投資しているファンドや、そうでなくても、一定期間に問題点を解決・除去する役割を果たした上で、事業会社に売却(イグジット=出口)することを生業にしているファンドもその可能性を持っています。

 従って、シナジーを多く有する、もしくはシナジーが多く期待できる売却先が想定できる参加者は、「呪い」に巻き込まれることなく「勝者」と成り得るのです。ただ、タカタの場合は、リコール費用の負担割合、という非常に予測困難なテーマがありますので、ここが参加者ならびにそのアドバイザーの思案のしどころですね。

「勝者の呪い」とM&Aの話、いかがだったでしょうか。実は、「勝者」となることを阻害する要素はまだまだあります。次回に話を続けていきます。


第5回 「価格」について考える

前々回の北浜M&A通信では、「実践M&A」教室のゲストにお招きしたFさんが、自らが興した会社をより成長させるためのパートナー選びに際し、私が算定した評価額(=「価値」)を大きく上回る提案があったものの、「品格」を重視して優先すると決めた相手と、その「価値」に準じた形で価格を決定し、株式を譲渡したお話をお伝えしました。

 今回は、M&Aの最大の交渉要件である「価格」について考えてみましょう。少し難しい話もありますがお付き合いくださいね。

 まず、「価値」と「価格」の関係を整理しておく必要があります。「価値」とは、「対象会社から創り出される経済的便益」と定義されます。従って、評価の目的や立場・状況によって一物多価となります。一方、「価格」とは、それらを踏まえ「売手と買手との間で決定された値段」であり、当事者間で取引として成立したものです。

 評価の目的で一物多価となる、というのは、「取引」「裁判」「課税」などその目的によって異なるということです。また、「価値」には「企業価値」「事業価値」「株主価値」などあり、遊休資産や有利子負債等を含むか含まないかで使い分けられますが、ここでは詳細は割愛いたします。

 評価の方法には、①対象会社から期待される利益やキャッシュフローに基づくインカム・アプローチ②上場している同業他社等と比較することによって相対的な価値を求めるマーケット・アプローチ③その会社の純資産に基づくコスト(ネットアセット)・アプローチ、があります。それぞれ、長所短所があり、それを補うために、併用したり、折衷したりすることもあります。なお、事業承継型のM&Aを専らに取り扱うアドバイザーを中心に、③の弱点を補完する意味で「年買法」と呼ばれる利益の数年分を加える手法を用いることも多いですが、この手法について一顧だにしない監査法人や証券会社系のアドバイザーも少なくありません。どちらが正しい、ということではなく、多面的な考え方があるということをご理解ください。

 では、「価値」を踏まえた価格決定のメカニズムを考えてみましょう。ケースバイケースではあるものの、売手がそれを急がない場合を想定しますと、売手は「価値」に「思い入れに基づく心理的価値」を上乗せし希望価格とします。これは、「永年の業歴」「浸透している屋号」「熟練の従業員」などですね。この会社をもう一度作るとしたらこれぐらい必要だろう、という感覚とも言えますでしょうか。一方買手は、それらは「価値」に盛り込まれており、買手と対象会社が一体となることによって期待される相乗効果(シナジー)の一部を上乗せすることが精一杯ということで希望価格を導きます。この差を調整することが、交渉の一つのヤマであり、アドバイザーの腕の見せ所、ということになります。

 ここまでは、売手と買手が相対で交渉をしているシンプルなケースを想定してきましたが、日本でもM&Aが一般化してくる中で、「複数の会社に対して入札を行い、最も好条件を出したところが買手となる」ということもよく行われるようになりました。そこでは、(本来勝者であるはずの)買手が必ずしも勝者たりえないのです。これを「勝者の呪い」といいます。次回にこの話を続けます。


第4回 「読者からの声」

  

 

  前回の北浜M&A通信では、「実践M&A」教室のゲストにお招きしたFさんが、自らが興した会社をより成長させるためのパートナー選びに際し、どのように進めたかを振り返りました。そして、Fさんの件に限らない経験則として、「ミタニの譲手の法則」として、譲り渡す方は「価格」「品格」「スピード感」の三要素の中で優先順位や基準を決め、候補が現れた場合にはそれに照らして判断することが重要である、ということをお伝えしました。


 先々週、東大阪市のAさんからお電話をいただきました。「私は会社を経営しているが、前向きなパートナー探しを検討しており、二人のM&Aアドバイザーに相談している。複数に依頼することはできないと両者から言われており、どちらかに決めなければならないが、北浜M&A通信を読んでどうしたらよいかわからなくなったではないか」というものです。
 混乱させてしまったとすれば、これは穏やかなことではありません。Aさんのお悩みとはこういうことでした。

 以前、ある銀行からビジネスマッチング先として紹介されて取引を始めたX社について、その銀行のM&Aアドバイザー甲田さんから「X社の子会社としてビジネスを拡げていく、ということに興味はありませんか」という提案を受け、「なるほど、X社とはいい関係が築けているし、そういう考え方も有り得るな」ということで興味を持ち検討を始めることにした。

 大事なことだからいろいろな意見を聞いてみようと、以前からダイレクトメールを送ってくるM&A専門会社に連絡したところ、アドバイザー乙川さんが押っ取り刀で駆けつけてきて、30社以上の企業名の入ったリストを見せながら「当社に寄せられているM&Aニーズを踏まえ、パートナーに相応しい会社は少なくともこれだけあります」と言う。

 リストには、業界トップ企業から、あまり関係のない業界の聞いたことのない会社まで記載されており、乙川さん曰く「どの会社も強いニーズを持った良い相手です」「「とにかく当社をアドバイザーにしていただければこれだけの候補をご紹介できます」「私に任せてください」と言われ、X社に限らず良いパートナーを探そうという気持ちに傾いたこともあり、甲田さんには悪いが、乙川さんの話をもう少し聞いた上でお願いしようと決めた。
たまたま記事を目にし、なるほど、と思ったので、「譲手の法則」の話をしたところ、乙川さんは「それは後でわかることです」「とりあえず貴社に興味を持ったところから順番に会えばいいじゃないですか」と言われ、そういうものかと思いつつ、きっかけとなったX社の話をまずは聞いてみたいという思いもあり、甲田さん乙川さんどちらに依頼したらよいか悩んでいる。

 Aさんは「法則」にある程度の納得をいただきながらその優先順位は決まっていない、ということでしたので、私はこう申し上げました。

 乙川さんのことが信頼できるのであれば、いろいろなお相手の紹介を受ければよいのではないでしょうか。ただし、アドバイザーによっては、自分達にとって話をまとめ易い候補を優先したり、貴社にとってふさわしい候補が興味を持ったにもかかわらず彼らの事情で話を進めてもらえなかったりすることもあるようですので注意が必要です。そういう意味では、可能性やボリュームを増やすためだけの適当な候補リストになっていないか、という点はひとつの判断基準となるかもしれませんね。

 今回は、秘密保持を約束した上でX社の存在を乙川さんに伝え、まずは、甲田さんを通じてX社と交渉しましょう。その交渉の過程で納得できれば決断し、そうでない場合には、一旦白紙にして、改めて乙川さんに相談すればよいのではないでしょうか。乙川さんが、そういう事情を斟酌してくれないようであれば、同じようなサービスを提供できるアドバイザーは複数存在していますから、他のアドバイザーにも相談してみてはいかがでしょうか。

AさんとAさんの経営する会社が良いパートナーに巡り合うことを心から祈りまして、次回こそは、今回延期になりました「価格」について考えていくことにします。


第3回 「ミタニの譲手の法則」

 

 

前回の北浜M&A通信では、「実践M&A」教室のゲストにお招きしたFさんが、自らが興した会社をより成長させるために上場企業商社X社に一族の株式を売却する決断をし、それを私がお手伝いさせていただいたM&A取引の一連の流れを振り返らせていただきました。

 

 

私がこれまでに伺った「会社を譲り渡したい」というご相談は五百件以上になりますでしょうか。結果として、Fさんのように、自らが思い描いたほぼ理想の相手とめぐり合えた方もいれば、なかなか相手にめぐり合えない方もいらっしゃいます。残念ながら、この相手だ、と思って進めたけれども後で悔やむようなケースもあります。

 

 

ご相談される方のほとんどは、「良い相手を探してください」とおっしゃいます。多くのアドバイザーも「良い相手をご紹介します」と言います。

では、「良い相手」とはどういう相手でしょうか?

 

私の経験から定義づけますと、「高く評価をしてくれて、またその評価以上の株価をつけてくれる」(価格)、「経営トップとその方針に共感できるうえに、知名度も高く経営に安定性があり、従業員を安心して委ねることができる」(品格)、「やり取りが円滑に進み、迅速に話がまとまる」(スピード感)の三要素を備えた相手となります。三つの要素が全て最大値となれば言うことはないのですが、これはなかなか難しいのです。

 

 

Fさんのケースで振り返ってみましょう。アドバイスを開始してすぐに「実は、急成長している同業者α社から「貴社を○億円で買収したい」と一方的にFAXが会社に送りつけられている」と打ち明けられました。その金額は私が算定した評価額を大きく上回っていましたが、私から申し上げるまでもなく、「そういった進め方をする企業は信用できないし、社風もよくない、仕入先を失うリスクも高い」と言うことで、金額の多寡だけで判断しない、ということが逆にFさんの中で明確になっていました。

 

 

そして、Fさんの強い希望もあり、最大の経営課題である資金力信用力を補完してもらえる相手として、まずは同業の子会社を有する総合商社から打診することになります。打診した2社とも、「大いに関心有り」ということでミーティングを重ね登場人物が増えていくのですが、結局「経営企画、統轄事業部、子会社の意向調整に手間取り時間がかかる」といったことで話が進まぬまま4ヶ月以上経過してしまいます。

 

 

そういった経緯の後に、総合商社に拘らなくてもよいのではないですか、と私がご紹介したX社は、二回目のミーティングで経営トップ自らが「当社が今後の注力分野として伸ばしていくために今のままの形でF社の力を貸してほしい」と熱く語りかけられました。そこからは前回お話したような流れでトントン拍子に話は進んだというわけです。

 

 

このように、譲り渡す方は「価格」「品格」「スピード感」の三要素の中での優先順位や基準を決め、候補が現れた場合にはそれにてらして判断することが重要です。譲れないところは譲らないが、妥協すべきところは妥協する、ということですね。

 

 

蛇足ながらFさんが教室で話された後日談を紹介します。「X社との契約直前に、偶然と思われるがα社の幹部が自宅に夜討ちしてきて「今どこかから提示されている金額があるならその2倍で買い受けたい」と迫られたが、勿論一切耳を貸さなかった」と。このドラマのような話は当時から聞いていましたが、Fさんから「今だから言いますが、正直、心が揺れました。三谷さんの顔が浮かんで、やっぱりやめとこかと思いましたが」とまさかのカミングアウト。

 

 

次回は、「価格」について考えていきます。

 


第2回 「M&Aに向き合う決断と心の動き」

 

 

前回、海外企業を買収する際に相手方企業のオーナー夫妻への「おもてなし」が決め手のひとつとなったお話をさせていただきました。M&Aというシビアな交渉事においても、「気持ち」の部分が大切で、譲り受ける方が譲り渡す方の気持ちに配慮しながら、お互いの理解を深めていくことが重要である、ということですね。

 

 

それでは、会社を譲り渡す方は、どのようなきっかけで検討を開始し、どのようにその決断に至り、その決断の後にはどのような心の動きがあるものなのでしょうか。ここでは、私の「実践M&A」教室にお招きし、受講生の共感を大いに得たFさんのお話をご紹介します。

 

 

Fさんと私は1998年の夏に知り合いました。当時まだ珍しかったM&Aのアドバイザーに詳しく話を聞いてみたいと。Fさんは大阪に家族で立ち上げた携帯電話販売会社F社の営業担当役員として約10年、30代のバイタリティと、携帯キャリアやフランチャイジーとの信頼関係を武器に近畿圏で店舗網を拡げ、メキメキと業績を伸ばしていました。

 

 

「業界全体は急拡大する一方で、金融危機とそれに続く貸し渋りがあり、事業拡大のリスクが高まっている。どうしたものだろうか」、短期間ではありますが、複数回の対話を通じて一定の信頼をいただけたと判断した私は「会社をバランスよく成長させることを期待できるパートナーを見つけてくれば、F社の経営権を手放すことを検討できますか」と問いかけました。「取引先や従業員に対する自分たちの考え方が踏襲されるならむしろお願いしたい話だ」と即答いただき、Fさん一族へのアドバイスが始まりました。

 

 

99年の1月にFさんの条件を満足させる京都の上場企業商社X社をご紹介することができ、その後はX社の迅速な意思決定もあって、4月にFさん一族はX社に株式を譲渡、F社はX社の100%子会社として再スタートを切ることとなりました。

 

 

Fさんは、その後も10年以上、X社から派遣された社長の下で役員としてF社の成長に貢献した後、創業来の部下にバトンタッチする形で退任し、4年前、50歳の節目に念願の和食料理店をオープン、今では情報誌やグルメ番組に頻繁に紹介される銘店2店の経営者として活躍されています。

 

 

受講生からは、「自身が興した会社を譲渡するのは、身体の一部を取られるような気持ちか、子供が巣立つような気分か、どちらに近いでしょうか」「F社のときと今を比べるとどちらが幸せで充実していますか」という質問があり、Fさんはそれぞれこう答えています。「自分が作った会社で社名に苗字も入っており「自分=会社」と思っていたので相当な寂しさを感じましたが、それと同じぐらい会社全体を以前より安全なところにもっていけた安堵感がありました」「何を幸せとするか、という時おり妻にも投げかけられる厄介な質問ですが(笑)、F社を豪華客船に喩えると今の事業は小舟です。船頭として危険を回避し、無数の難問を解決することで人間として大きく成長できるのでは、と期待しつつ今日も小舟を操っています」

 

 

M&Aが織り成す人生双六、いかがだったでしょう。次回は、今回詳述できなかった「相手探し」を中心に、話を続けます。

 


第1回 海外企業M&Aでも「おもてなし」精神

 

 

日本証券新聞をご覧の皆様、はじめまして。ワイエムエー株式会社の代表をしている三谷康生と申します。私は、M&A(会社の合併・買収)の実行やアドバイスを主な仕事としてビジネスマン生活の大半を過ごしてまいりました。

 

 

そういったこともありまして、昨年から同志社大学大学院ビジネス研究科で「実践M&A」という講座の嘱託教員を拝命しており、受講生と一緒にM&Aについて勉強しています。そこでは、参考文献を紐解くだけではなく、実際にM&Aを行った方や、M&Aにおいて必要となる専門家をお招きしてお話を聞くなどして、疑似体験していただくことをひとつのテーマとしています。

 

 

これから、講座のエッセンスとともに、M&Aに関する解説やよもやま話などお届けしたいテーマが生じた都度、肩の凝らない読み物として、皆様にお届けしていけたら、と考えております。

 

 

まずは、昨年の講義レポートの中で最も受講生からのコメントが多かった話から。

 

 

昨年一年間に公表された日本企業のM&Aの取引金額の合計は約16兆円、これは1999年に次ぐ史上2番目の水準だそうです。これを牽引したのは、「IN-OUT」と呼ばれる日本企業による海外企業の買収で、その取引金額は約11兆円で昨年からほぼ倍増、過去最高となったそうです。件数で申しますと560件ということで、営業日1日で2.2件、業績に与えるインパクトも大きいですから、読者の方におかれましても本紙面でそのようなテーマの記事を見かけられることもたびたびでしょう。

 

 

そういうわけで、私の講座でも、昨年米国企業2社を立て続けに買収した国際企業X社のM&A責任者Aさんをお招きしてお話を伺いました。事前に、文化や言葉の壁、海外企業を買収する際のルールの相違とそれに伴う留意点を受講生と共有しており、テーマの難しさも相まって緊張感に包まれた中、Aさんは取引交渉のひとつのポイントとして「相手方企業のオーナーに、X社幹部との面談ということで京都に招待し、その際に京都ならではの体験をしてもらうとともに奥様にお土産をプレゼントした。そこからはほぼ独占的に交渉を進めることができた。」という話を挙げられ、場の空気がすっと和みました。

 

 

勿論、成約の背景には、技術的な点を中心としたここでは紹介しきれない様々なポイントがあるのが事実ですが、海外企業のM&Aというシビアな交渉事においても、「気持ち」の部分が少なからぬ意味を持つということがおわかりいただけたかと思います。Aさんは、現在のポストに就かれる前のM&Aアドバイザーとしてのご経験も併せてこのようなイベントを、ここ一番のタイミングで催されたのだと思います。